「それよりさぁ、このまま真っ直ぐウチ帰ったらヤバくない?」
「うん。まだちょっと、葉っぱ残ってるみたい」
「そうだ、彌久。このまま海行こっか」
「え? 今から?」
 加速するモノレール。窓から射し込んでいたオレンジ色の光が、突然闇に遮られる。トンネルを抜ければ私たちの住む西鎌倉に出て、その先はもう海も近い。

「卒業したらさ、絶対いっしょに東京行こうね!」
 潮風の中で香奈が言った。茜色の空が遠く富士山の稜線をくっきりと浮び上がらせている。灯台の光が島影の上で静かに点滅する。
「大学受かったらね」
「え? 聞こえなーい」
「大学受かったらっ!」
 実際、彼らと付き合うようになってからというもの成績は下がる一方で、受験もかなり危なくなっていた。私も香奈も校内では優等生で通っていたから、親も先生も口を揃えて失望したと言う。でもいいんだ。私のことをちゃんと見てくれたのは香奈と慎治たちが初めてだったから。
「落っこちたとしても行こーよ! 彌久、家出て一人暮らししたいって、さんざん言ってたじゃん。フリーターでもなんとかやってけると思うしさ」
 香奈はそう言うと、笑いながら波打ち際へと駆けて行った。寄せる波を蹴って飛沫を上げる。
「キャハハハッ! 冷たぁーい」
「香奈、ちょっと香奈ぁっ! 靴びしょびしょ!」
「ねぇねぇ、彌久もおいでよ、気持ちいいから」
「もー……」
 葉っぱが残ってるせいなんかじゃない。きっとこれが香奈なんだ。暮れの空を映した濃紺の海へと私も靴のまま駆けだし、そして腕を掴んだ。
「香奈ってば!」
「アハハッ! 冷たくて気持ちイイでしょ」
 真っ直ぐと私を見つめる視線。そして次の瞬間、目の前の視界が唇とともに塞がれた。あまりに突然の事で頭が真っ白になって、重ね合わされた唇と握り返された手が、まるで自分の物じゃないみたい。顔を背ける。でもなぜだか胸がドキドキしている。
「な、何……いきなり」
 飛沫が膝っ小僧を濡らす。
「ごめんね、彌久……」
 香奈は微笑みながら私の頭を撫で、そして強く抱きしめた。どうしたらいいのか判らなかった。足許はどこまでも黒い砂と海。反す波に足が掬われ、踵が砂の中へと沈んでゆく。一面に広がる灰色の気泡が寄せては反し、立っている気がしなくて、なんだか急に怖くなって、香奈の体に強くしがみついた。