「いっ、いやいやいや――誰もやるって言ってない、んですけど――?」

「へ?」

 無邪気に傾げられた首。瞬いた黒い瞳。

 アロウ・シューターだか何だか知らないけれど、年はあたしとそう変わらないように見えるアモルの前で、あたしは困った顔で立ち上がった。

 つかつかと歩み寄って、彼の隣に置かれたままだった例のもの――赤いハート型弓矢セットである――を引っつかんだ。

「いきなりこれで恋のキューピッド――じゃなくて、アロウ・シューターの役目を代行してくれ、なんて言われてもできるわけないじゃないですか。大体、なんで普通の人間のあたしがそんなことを――」

 なんで、といえばそもそもどうしてこんなわけのわからない男の子を家にあげて、しかもお茶まで出してあげた上、勝手な理屈で話を進められなきゃいけないのか。

 全てが納得なんていくわけがないこの状況で、怒らずにいられるだろうか。

 話しながら段々腹が立って、言葉につまった。

 だって、あたしはさっき失恋したばっかりなんだよ? 

 それを何の因果で、他人の恋を成就させる手伝いなんてしなくちゃいけないの?

 腹が立ちすぎて、思い出したと同時に涙がせり上がって来る。

 今にもあふれそうになったそれがこぼれる前に、玄関のほうから「たっだいまーっ!」という元気な声が聞こえた。あわてて滲みそうになった涙を拭う。

「あー腹減ったあ! 姉ちゃん! メシ! メシ今すぐプリーズ!」

 真っ黒に汚れたTシャツと短パン。

 近所の子供サッカーチームの揃いのユニフォームである青い上下のまま、ドカドカ上がりこんできたチビ怪獣一号――双子の弟の一人、わんぱく印の優(ゆう)だ。

 まだ六月、初夏といってもそこまで暑くもないはずの季節に、真っ黒なツンツン頭が汗に濡れている。