「姉ちゃんのクソ馬鹿力っ! こ、殺す気かっ」

 ぜーはーと肩を上下させ、赤い顔に涙目で抗議する優。

 さすがにやりすぎたか――と頭を掻くあたしのそばで、翔がぽつりと聞いた。

「誰? お客さん?」

「あっ、そう、えーっと、あの――こちらはお姉ちゃんのクラスメイトで……あの、あの、あの、マモルくんっていうの!」

「マモルう?」

 眉を寄せ、何を言ってるんだこいつ、という正直な顔をしたアモルに振り向いて、必死で『お願い』の意を目線に込める。

 最近は珍しい名前も増えてきたとはいえ、やっぱ日本人にそういない名前では、紹介にも困るというものだ。

「その――姉ちゃんが忘れたプリントをね、わざわざ親切に届けてくれて。それだけ! それだけなの。ね? マモルくんっ」

「はあ?」と空気を読まない疑問を挟もうとするアモルに内心舌打ちして、あたしはあわててその肩を押した。

「そうそう、ちょっと宿題で聞きたいことがあるんだあ。悪いけど、マモルくん教えてくれるかなあ? それくらいお安い御用だよねー。マモルくん、頭いいし! うわー、ありがとう!」

「おい、ちょっと――」と抗議しかけるアモルにこっそり首を振り、とにかく強引にリビングから脱出することにしたのだ。

「ええ? 姉ちゃん、カレーはあ?」と追いかけてきた優を、「鍋にあるんだろ? それぐらい自分であっためて食えよ」なんて翔が引き止めてくれてるのが見える。

 何かワケありなことだけはわかったらしく、あたしに向かって片目を閉じてみせる仕草なんて、いっちょ前の男の子だ。

 いつまでも小さい頃と変わらず明るく元気満々な性格だけが取り得の優とは違い、世渡り上手というか――何でもそつなくこなし、クラスでもモテているらしい翔の人気の秘密は、こういうところにあるのかもしれない。

 ――なんて、姉としては多少複雑な新事実を発見したりしつつも、あたしは階段を駆け上がり、廊下の端の自室のドアを開けた。