この世界の情景と規律に反している――フロントガラスとゴム製ブレードに挟まれ、引き裂かれてゆく花びら達の断末魔の声など聞きたくない。


 少女も、同じ想いに違いない。


 右足に神経を集中させ、慎重にスロットルを開放する。


「さらさら――――」

 花びらが舞う――暗かった車内が、ゆっくりと明るくなる。


 身を休めていた花びら達は、速度を増した車のフロントウインドウから旅立ってゆく――。

 その一部は、窓を開けていた車内にも入り込む――――独特な甘い香りと、仄かに酸味を覗かせる花びらの匂い。


 少女は、膝元に迷い込んだ花びらを手で掬い、香りを楽しんだ後、窓から手を伸ばし、花びら達を舞わせる――行く末を憂いているかの様な表情で――――。

 空は、花びらよりはやや濃く、若干の赤とラベンダーの色調が混ざり合う複雑な色で覆われている。

 不思議と恐ろしい感覚はない――寧ろ、空を見る程に心が和む。



 車は、桜の花びらが舞散る道を進む――。


 二人の間に会話はない――会話など交わさなくても、心で意志疎通が可能な関係――。



 この世界は、永遠に続くの――。