真実に迫ろうとすると、張り詰めた糸は力なく垂れ下がってしまい、記憶という「魚」は、潜在意識の深海へと消えてゆく。


 私の表情は雲る――どうして思い出せないのか。


 そんな私をあやす様に少女は微笑む――――助手席にきちんと身を正し、手は膝元に上品に置かれている。肩より少し伸びた髪の毛が、艶やかな光沢を放いつつも、じっと見惚れていると闇に吸い込まれそうになるという相反する性質を備えた黒髪。


 同世代の少女達、私でさえ持ち得ない大人の女の色香を漂わせている美しい出で立ち――。


 羨ましかった――女としての色艶と趣――――。



 どうすれば、この領域に踏み入れられるのか――――きっと、無理なのだろう。少女が到達している領域は、人間が決して踏み込んではならない聖域なのだとも思える――。




 走りなさい――。


 少女が静かに私を見て、心に語りかけた。


 車はゆっくりと前へ進む――桜の花びらは、この速度で舞う事はない。前方の視界も皆無――――私は、フロントウインドウを覆った花びら達を、ワイパーなどという野蛮な装置で払い、視界を回復しようとは思わなかった――。