「朝ご飯、冷蔵庫にあるからチンして食べて。な?」

玄関に転がるスニーカーに足を突っ込みながら、背後に向かって声をかける。

しわくちゃの布団からほんの少し白い顔をのぞかせて、小さく頷く彼女。それを確認すると、いつものように黒く擦れた皮鞄を肩に掛け、大学へと向かった。






あり得ない、と。


馬鹿か、と。



自分でもそう思うけれど、俺はあの日、彼女を突き放せなかった。

まぁそれはひとえに、俺が気まま自由な一人暮らしだからであって。

俺が女で、彼女が男だったら絶対にそんなマネはしないけれど。ところがどっこい、俺は男で彼女は女なわけで。

別に女の1人や2人連れ込んだってなんの問題もないわけで。


いや、別に下心を抱いていたとか、そんなことは多分無い。



…と、思う。



とにかく、彼女はどうしても放っておけない雰囲気を持っていたのだ。




『…今日だけだからな』


そう強く念押しして、それさが3日に延びて、一週間に延びて、それで。

…あっという間に1ヶ月がたとうとしていた。


年齢も、生まれも、事情も、何も知らない。何度聞いても、彼女は首を振るだけで名前すら口にしなかった。

家に立ち寄らせなくなった俺に、友達は女でもできたのかと疑り深いからかいの目を向ける。本当のことなど言えるはずもない。話そうものなら「そんな得体の知れない女」、だとかこっぴどく言われるに違いない。

わかっていながら、今更出ていけなんて言えず、ズルズルと今に至ってしまった。

…出て行ってほしいとも、思えないのが始末の悪さだった。

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