「甘くない卵焼きなんて卵焼きじゃない。」
手渡したピンクの弁当箱から、ひょいと一つ、彼の口へと運ばれた卵焼き。彼氏への、初の手作り弁当。
…なのに、第一声がそれだった。
全くもって有り得ない。
普通、美味しいとか言えないかな。いつもより一時間以上早起きしたっていうのに。
あたしからしてみれば、しょっぱくない卵焼きなんて卵焼きじゃない。
培われてきた味覚は違う。当たり前、お互い別の環境で生きてきたんだから。
ムスッとむくれるあたしに全く気づかないまま、彼の箸はあたしが今朝鍋で転がした里芋をすくい上げる。
「…ん。これは、美味い」
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…これはって何だよ。
まぁ、そういうバカ正直でお世辞上手じゃないとこが、好きだったりするんだけれど。
彼とあたしの趣味は、何から何まで全く合わなかった。
じゃあ何で付き合ってるの、なんて友達から笑われたりもしたけれど。
あたしは家で読書したりするのが好きで、だけど彼は活字とやらを見ると三分で眠りにつく。
あたしはわりとしっとりしたバラードが好きで、だけど彼は、あたしからしてみれば頭が割れそうなロックを好む。
あたしはジーパンにポロシャツ、みたいなラフな格好が好きで、だけど彼はワンピースを着た女の子にときめくらしい。
あたしは彼みたいに格闘技が好きな訳じゃないし、というか全く興味はないし、
飲み会なんてちょっと苦手だし、酒豪の彼に付き合える消化能力も持ち合わせていない。
…挙げてみれば、キリがなかった。
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