「冷蔵庫に朝ご飯入ってるから──」
「チンして食べるんでしょう?」
…その通り。
まぁ1ヶ月も同じやりとりを繰り返していれば、当たり前だろうけど。
今日の朝ご飯は、彼女の大好物のツナのオムレツにしてやった。こう毎日過ごしていると、食べ物の好き嫌いまでだんだんわかってくる。彼女はおいしいとき、本当においしそうに食べるから。
バインダーをカバンに突っ込み、放り投げたスニーカーにも足を突っ込み、玄関にしゃがんだ俺の背後。
うっすらと影が被さる。
振り返ると、よれっとしたTシャツをまとった彼女が立っていた。
「?どうした──」
「いってらっしゃい。」
彼女はそう言って、にこりと笑った。
めったに見ない彼女の穏やかな優しい笑顔に、口を半開いたまま呆然とする俺。
彼女はそんな俺の頬に、小さく…とても小さく、キスをした。
いつもと同じ時間。
いつもと同じ会話。
…ただ、それだけがいつもと違った。
何も知らない。俺は、彼女の名前も、生まれも、抱えているものも、そして彼女が、どうしてそんなことをしたのかも。
知っているのは、ツナオムレツが好きなことと、トマトが苦手なことと、林檎はすり下ろさなきゃ食べないことと。
頬に触れた唇は、泣きそうなほどに柔らかかった。
そしてそれが、
彼女を見た最後だった。
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