「そのまえに、昔話してもいいかな?」

目の前のお父さんはいつもより静かで、穏やかだった。2人で入った喫茶店にはあまり人が入っていなく、ゆるやかなクラシック音楽の流れるこの空間は私を落ち着かせてくれた。


「いいよ」

私はそう言って目の前に置かれたレモンティーを口に含む。

「佐恵子と会ったのは此処みたいな静かな喫茶店だった…佐恵子はその時付き合ってた人に約束をすっぽかされたらしくて、1人で頬をふくらませてたな」


その時の事を思い出しているのか、お父さんは遠い目をしてくすくす笑った。

「その時、ナンパしたのがおれでね、…ちょくちょく会うようになって、付き合って…結婚もして、咲が生まれるなんて思ってもいなかった…」


長い息をもらしたお父さんは一緒に暮らしていたあの時より、確実に歳をとっていた。仕事は大変なんだろう、疲れたように見える。
そんな小さな変化を見つけてしまうと、胸が痛い。


「最悪の形で、2人を裏切ってしまった…、すまない」


私の前で頭を深く下げる。何か言わなくちゃ、そう思っても、喉をつっかえて出てこない。