二人してガックリすると樋山は不思議そうに目を丸くした。

「とりあえず…その人の背格好は?」

「中肉中背といったところか…花守荘の外へ……逃げて行った」

「そうですか…」

樋山はおもむろに立ち上がった。
その目は日が傾いていく遠く海の彼方を見つめている。

不意に、その目が揺れた。

「…?」

何……?

「本州では、もうすぐロウバイが咲く頃か…」

「はい?」

突然の言葉に、恩河もメモ帳から顔を上げた。

しかし、樋山は何も答えずに海から目を逸らした。
その顔は無表情に戻っている。

「…もう、終わりか?…なら私は行くぞ…」

そう言って踵を返す樋山。

「あ、ありがとうございました!」

恩河は慌てて立ち上がり、その背中に頭を下げた。
恵は眉をひそめたまま、樋山を見送る。

さっきの目は、一体……?



「じゃあ私たちも戻ろうか、恵ちゃん」

「はい! ――!?」

ゾクッと悪寒が走った。
バッと振り返るが――誰もいない。

「どうしたの?」

「……何でもありません」

嘘である。
今、誰かに見られたような気がした。
冷たい視線が。


恵はハンドバッグをぎゅっと握る。
えもいわれぬ不安が、じわりと広がったような…。

恩河から離れないようにして帰途についた。