「好きです……。あの……、私と付き合って下さい」
顔を赤らめ、目を潤ませ、そして上目遣いで告白をしている女性社員。
「ありがとう。だけど、僕、君の事よく知らないから。ごめんなさい」
表情一つ変える事なく、そして考える間もなく、断る男性社員。
「いえ……。いきなり、すみませんでした」
そう言って、女性社員は今にも泣き出しそうになりながら、男性社員の前から走り去って行く、この光景。
私は何も見ていない。
何も聞いていない。
そういう事にして、気付いていないフリをし、その場を立ち去ろうとする。
「あっ、園田」
だけど、私に気付き、笑顔を見せる男性社員。
社長秘書をやっている私の同期
倉木 英治(くらき えいじ) 30歳
うちの会社では、社長に次いで人気の倉木。
いわゆるイケメン。
タイプ的に、社長はいつもにこにこと笑顔で、見るからに優しそうで爽やか系。
倉木は特定の人には笑顔を見せるが、その人達以外には、ほぼ笑顔を見せる事がない。
まぁ、飲み会とかでは、その場に合わせて、にこやかにはしているけど。
特定の人以外には、あまり笑顔を見せる事のない倉木だけど、元々整った見た目をしているから
「真面目な所がいい!」
「クールでカッコイイ」
と言われている。
もちろん女性社員から人気で、今みたいに告白してくる子も多い。
まぁ、倉木はそれを片っ端から、さっきみたいに表情を変えずに断っているけど。
でも、その事にホッとする私。
園田 知里(そのだ ちさと) 31歳
倉木と同じ秘書課。
倉木は3年位前に秘書課に異動して来たのだけど、私は入社時からずっと秘書課にいる。
現在、私は主に現社長のお父様である会長の秘書をしている。
だけど、会長は数年前から体調が良くない。
それもあって、当時社長だった会長は、社長職を退き、息子である真人(まさと)さんに社長職を任せた。
そして今は、会長に就任し、体調を見ながら仕事をしている。
そして、基本的には自宅で休まれている。
と言っても、奥様のお話では、自宅で出来る仕事をしているみたいだけど。
だから、私は会長の秘書だけど、会長の指示で社長秘書である倉木のサポートもしている。
そして、誰にも打ち明けた事はないが、私は倉木に想いを寄せている。
「相変わらず、モテモテだねぇ」
倉木の腕をポンッと叩き、何も気にしていないフリをする。
本当は、倉木が告白をされている現場を見たり、告白されたという話を噂で聞いたりする度に
“倉木、OKするのかな……?”
って、不安になる。
だって、
“倉木には好きな人がいる”
という噂があるから。
もし、その好きな人が告白をしてきたら?
倉木はきっとOKするだろう。
だから、断った事がわかる度に、ホッとするの。
「ってか、園田だってモテるだろ」
倉木はじっと私を見る。
「そ……そんな事ないし!」
急に見つめられ、鼓動が跳ね上がる。
きっと、顔も赤くなっているに違いない。
倉木にヘンに思われないように、私はパッと視線を逸らし、秘書室に戻る為に歩き出す。
そして、倉木も私と並び歩き出す。
「はぁ……」
隣で、倉木はため息を吐く。
そんな倉木の態度に、
私、今、あからさまに視線を逸らしたの、態度悪かったかな?
だから、倉木、ため息……?
私は不安になり、持っていた書類を胸元でぎゅっと抱きしめ俯く。
「……、まぁ、どうせ、俺の場合は外見だけだろ?」
私は俯き、足元を見ながら歩いているから、倉木がどんな表情で話しているかはわからないけど。
何もなかったかのように、普通に話し掛けてくれた事にホッとする。
前に聞いた事があるが、倉木は昔から外見だけで告白される事が多かったらしい。
でも……
「違うんじゃない?だって、倉木、優しいじゃん。だからじゃないの?」
私は顔を上げ、倉木を見る。
「仕事だから、当たり障りのないようにしているだけだよ。無愛想にするわけにもいかないだろ?」
倉木はまっすぐ前を見ながら、そう言う。
「まぁ、そうだけどさ……」
普段、一定の距離を保ち、そして、あまり笑顔を見せる事のない分、優しくされたり、たまに笑顔を見せられたりすると、みんなドキッとするのだと思う。
私が倉木の事を気になりだしたきっかけもそうだったから――…
倉木とは入社してから何年もの間、ほとんど会話をした事がなかった。
そりゃぁ、同期だし面識もある。
だから、会えば挨拶くらいはしていたが、私と倉木の間柄って、そんなもの。
倉木の噂はもちろん耳にしていたし、私の中でも“カッコイイ人”という認識くらいはあったけど。
話すようになったのは倉木が秘書課に異動して来てからだ。
今では、私の前でも自然に笑ったりしている倉木だけど。
異動して来た頃は、その場に合わせてにこやかにしている事はあっても、あまり自然に笑顔を見せる事はなかった。
そんな倉木のふと見せる笑顔。
その笑顔に私はドキッとしたし、惹かれはじめた。
そして、倉木と一緒に仕事をするにつれ、“すごく気配りをする人なんだ”とか、秘書としては私の方が先輩だけど、いざという時は頼りになったり。
そんな倉木の一面を知るにつれて、私はどんどん倉木を好きになっていく。
だけど、異動して来た頃、倉木には彼女がいた。
だから、私は気持ちを伝える気なんて、全く無かった。
しばらくして、倉木は彼女と別れたみたいだけど。
倉木が彼女と別れたからといって、私は気持ちを伝えようとは思わなかった。
だって、私と倉木は同じ課。
しかも、その頃は、私が倉木に仕事を教えていたっていうのもあり、気持ちを伝えて気まずくなりたくなかったから。
というよりは……
ただ、私の気持ちを伝える勇気がなかっただけ。
そのうち、
“倉木には好きな人がいる”
という噂を聞くようになるし……
結局、気持ちを伝える事のないまま、ずっと片想いをしている――…
倉木と肩を並べて、社内を歩く私。
「でもさぁ、そんな風に言うけど、やっぱり倉木はいつも優しいよ。だって、私、いつも助けられているし」
私がサポート役のはずなのに、気が付けば、私がフォローされたりしている。
「別に、誰にでも優しくしている訳じゃないし」
「えっ?なんか言った?」
倉木は小声で何かを言ったみたいだが、私は聞き取れなかった。
「いや、別に。園田さぁ、この後ヒマ?」
「残業ー。この書類整理がまだ残ってる」
そう言いながら、私は手に持っている書類を見せる。
「これ、まとめるの?」
倉木は、そう言いながら私の持っている書類をひょいっと奪い取る。
「うん」
「じゃぁ、俺も手伝うよ」
そして、倉木はにこっと笑顔を見せる。
「だ、大丈夫だよ。すぐ終わるから」
ドキドキしている事を悟られないように、平然としたフリをして言う私。
「なら、二人でやった方がもっと早く終わるだろ?で、さっさと終わらせて、メシ食いに行こうぜ」
「えっ?」
倉木の誘いに驚いていると
「俺とメシ食うの、嫌なのかよ」
倉木は寂しそうな表情を見せる。
「ううん。そんな事ないよ。うん、行こう!頑張って早く終わらせるよ」
倉木の誘いが嬉しくてドキドキしている私は、すごく早口になっていた。
社長とは、よく一緒にご飯を食べに行っているみたいだけど。
他の男性社員や、同期とですらご飯を食べに行った話はあまり聞いた事がない。
そして、倉木がこんな風に、女性社員に普通に話し掛けたり、ご飯に誘ったりするのは知っている限り、私だけ。
だから、
“私って、特別?”
なんて勘違いして、喜んでしまう。
だって、ご飯はおろか、他の女性社員にこんな風に接している姿を見た事がないから。
でも、それって、本当に私の勘違いだったんだね――…