茶目っ気のある瞳。一哉が小さな悪戯をする時の表情だ。

「冗談を言っているの?」
 麗子は一哉を見透かすように微笑んだ。これは一哉の、最後の冗談。

「違うよ。ここはオレの店。だから、好きな時に閉めていいんだ」
 一哉のちょっとむくれた表情から、それが事実だと分かり、麗子は驚く。


「どうして、そんな嘘をついていたの?」

 麗子に共同経営者がいないことを隠す理由。
もしかして莫大な借金を抱えていて、それで一哉は別れを切り出したのだろうか?


「言っとくけど、借金とかしてないから」

 一哉がすばやく付け加える。
 麗子と一哉が過ごした三年という年月は、お互いの心が読み取れるほど長い時間なのだと思った。


「都内の三ツ星ホテルのバーで働いてたのも本当だよ。ウェディング披露宴もやってて、余興でバーテンダーを呼ぶオプションもあったから結構給料良かったんだ。けどそれだけじゃ起業するには資金不足なのも本当。だからその頃、モデルのバイトもしてたんだ」

「モデル?」
 初めて聞く一哉の側面だった。改めて一哉を眺める。

 百八十六センチの高身長に少し童顔で整った顔立ちをしている一哉は、今でも二十歳そこそこに見えなくもない。

 麗子は妙に納得した。頷く麗子を見て一哉は慌てて補足する。


「モデルって言っても、有名雑誌とかじゃないよ。ホテルで月に何回かやる、模擬挙式の新郎役とか、それに付随した写真撮影とか。あとはホテルに入っているセレクトショップの新作広告とか、そんなちっちゃいもんだから」

「すごいじゃない」
 こういう時、つい子供を褒めるような口調になってしまうのは、職業病なのだろう。

 一哉の照れる姿が妙にいとおしく、麗子の心がギュッと痛んだ。

 この顔をしっかり焼き付けておこう。

 やはり自分には分不相応の恋人だったのだ。
見栄えが良く、いつでも前向きで、明るくて、麗子を大事にしてくれる完璧な一哉。だからこそ、麗子は一哉との生活が、どこかふわふわと現実味の薄い他人事のように思えていたのかもしれない。




「私は、一哉の事をあまり知らなかったのね」