付き合いが長くなっても同棲していても、やっぱり「好き」には重力があり、麗子の喉元までは上がって来るものの、山頂まで到達出来ないのだ。
(どうして? あの時は言えたのに)
初対面ですんなり「好き」と言えた自分が、やっぱり不思議で仕方なかった。
「やっぱ偽りは真実にならないんだな」
どこかの国の文字が綴られたリキュールのラベルを眺めながら、一哉はぼそりと呟いた。
「何?」
「何でもないよん」
麗子を振り返り、一哉はいつものように爽やかに笑う。
やっぱり、今日の一哉はおかしい。
なんだろう。普段と変わらない一哉に見えて、少し違う。麗子は不安になる。
とにかく、何か喋らなければ。
「一哉、さっきの話だけど」
(さっき? さっきって、私はいつの話をしようとしているのだろう)
「麗子は、本当にもう大丈夫なんだよな」
一瞬手を止めた一哉が呟いた。
「え?」
聞き返しても何も答えず、一身に残りの瓶を拭き始める一哉に、麗子の不安は益々募った。
一哉はまるで迷子の子供のようにどこか心細い表情をたたえ、ただ黙々と瓶を拭き続けて行く。こんな一哉初めてだ。
(まるで、別れ話をしているみたいだわ)
ズキン。
麗子の心臓が跳ね上がった。