「ごめん、ちょっとだけ待って」
右手でパリッと糊の利いたサテンシャツのボタンをはめながら、事務室とカウンターの仕切り付近で一哉が顔を覗かせた。
「気にしないで準備して」
麗子はなるべく優しく微笑んだ。
「じゃ、そうする」
お言葉に甘えて。と奥の方で一哉が添えた。
ほんの数分でバーテンダーの服に着替えた一哉が、白いエプロンを巻きつけながら戻って来る。
カウンターに入ると一度だけ麗子に微笑んで、すぐに手馴れた動きで黙々と店を整えて行った。
麗子は一哉の仕事を静かに見守った。
カウンターとテーブルを丁寧に拭き上げ、氷とミネラルウォーターと、来る途中に購入したいくつかの厳選された高級フルーツを冷蔵庫へ仕舞い込む。
それからカウンターの内側に隠れている沢山の棚を次々と開けては閉め、足りないものを補填して行く一哉。
それが終わると何種類ものグラスを磨き始める。
全てのグラスがピカピカになると、お酒の瓶を一つ一つ手に取りまた丁寧に拭いて行く。
そこまで来て一哉がやっと口を開いた。
「本当はアルコールの瓶を全部磨いた後でグラスに取り掛かるんだけど、こっちの方が麗子と話しやすいからさ」
「そんなこと、気にしなくていいのに」
麗子は少し顔をしかめた。
一哉はいちいち過保護すぎる。