開店前のバーはさながら倉庫のようだ。

 まだ空調を入れていないのに辺りは湿気を帯びた低温に保たれていて、ほんのりかび臭い。
 まるで寝静まったように動かない空間を、一哉と麗子の足音だけがコツコツとさざなみを立てる。
 暗闇の中、うっすらリキュールやらウィスキーやらの瓶が光って見える。


 凝った形容の美しいガラス瓶も、こうしてみると理科室の薬品庫みたいで少し気味が悪い。


(こんなに狭かったんだわ)



 圧迫感で潰れてしまいそうだ。

 一哉曰く定員は十六人だが、大人十人も入ったらすし詰め状態になってしまいそうだ。
 常時四~五人程度の客足に、麗子はやっていけるのかしらと心配していたが、店の広さを考慮すると案外適正人数なのかもしれない。


 やけに足の長い椅子が逆さまになっていっせいに天井を仰いでいる。
一哉はオセロのコマをひっくり返すように、手前から順番に次々とそれらを定位置に戻して行き、そのまま奥の事務室へと続いて照明を入れた。



 明かりが点り、ファンファンと空調が回り出す。

 すると、大きな獣の腹の中みたいだった薄暗い室内は、一変していつもの優しいバーへ変貌を遂げた。





(表裏があるのは、人間だけではないんだわ)

 麗子は不思議な面持ちで、もう一度店内をグルリと見渡した。