「…ルーナ?!」
と、声に出すのを喉元までで止めて、僕は近くの岩場までそそくさと隠れる。
別に悪い事してる訳でもないのに…
心の中の自分が呼びかけるものの、見つからないようにさらに大きな岩場へと移る。
先ほど自分がいた数メートル先にルーナがいた。
離れて彼女を見ると、全身が真っ白だ。
さらさらの銀色の髪も白いワンピースも一緒に溶け込んでいるようで
ただ彼女の肩にかかった真っ赤な郵便用のショルダーバッグだけが異質だった。
雨足は強くないものの、雨はまだ降り止まない。
ルーナは傘も持たずにうろうろと砂浜を歩いていた。
しばらく見とれていた僕は隣の岩に鳥が一羽ばさりと止まった羽音で我に返ると、
傘を片手に持ち直し彼女に近づいた。
「ルーナ?」
うわ、声ふるえてる…
しかも、声小さすぎ…
僕は傘を右手に掴み、左手に掴み、落ち着かない様子で彼女に声をかけた。
ルーナは今度はしゃがみ込んで手を砂だらけにしていた。
ルーナが顔を上げて僕の顔を見ると、その顔は驚いた様子でも、
僕の様に頬をピンク色に染めてる様子でもなく、
ただ無言に首をこてんと傾けていた。
なぁに?と言っているのか?
「…あー、何してるの?」
しばらくの沈黙。
ただ、ざぁざぁと波が打つ音と
しとしと静かに降る雨
ルーナはまた顔を砂の方に向けてきょろきょろとしている。
「…貝、集め」
「あぁ、貝かぁ。あのへんに貝、いっぱいあるよ。」
まだ話の続きがあるのかと、小さなルーナの声を耳を
澄まして聞いていた僕はワンテンポ遅れて返事した。
それから
僕らは一言も喋らず貝を拾い続けた。
しゃがみこんで てんで違う方を向いて。
僕が一つ、きれいな貝を見つけて彼女に見せると
彼女は微笑んで貝を受け取って袋の中へ入れる。
そのくりかえし。
いつからか雨も止んで
赤かった空も暗くなってきたころ
彼女は僕に頭を下げて
ぱたぱたと浜辺を去っていった。
一人残った僕は
星がでて うっすら細い月が出てくるまで
海を眺めていた。
◇
まだ鳥の鳴き声も聞こえない真っ暗な時間。
私はこの時間が好き。
まだ世界は裏側で
しんと静まりかえった世界に耳を澄ますと
自分一人だけしか
この世界にいないきがする。
お湯を沸かして
紅茶を煎れて
パンを食べて
今日も村のみんなに新聞を配る。
一つ一つの新聞に
私のチカラをいれて
何もしてあげられないけど
願いを込めて
『みんながしあわせになれますように』
って。
この輝く砂を見た瞬間だけでも
一抹のしあわせを…
この村は美しい。
初めてこの地に足を踏み入れたとき
ただ美しいと感じた。
なんにも動かなくなっていた心が少しだけ軋んだ。
目をとじて、砂浜を歩く。
暗い暗い中を
一人で歩こう。
私は一人でいなきゃいけないから。
この村で みんなのしあわせを祈ろう
私の心を軋ませてくれたこの村で
もう一度私はしあわせを呼ぶよ。
さらさらの砂を掴んで
私は残されたチカラを使って
きらきら輝く砂へと変えて
みんなにあげよう。
届くかな……?
この村は美しいだけじゃなく、みんな優しかった。
村を出てすぐ近くには大きな街があって、
にぎわっているけれども
この村は負けないほど活気がある。
年寄りが多くて
隣の街のように ぴかぴかな大きな建物はないけど
みんな生き生きとしているの。
そんな村にすぐ溶け込めて
配達のお仕事にも少し慣れても
まだ
まだ
ううん。決して
消えない
私の羽根は
罪の色に染まったまま
・
・
歌が 聞こえる―…
つんと高い声
と思えば、びっくりするような低い声も…
明るい、元気がでるような歌だった。
風がざわめいて、私のワンピースがはためいた―…
村の端のほうにある小さな森。
1番は村の南側にある海だけど
そこは私の2番目に好きな場所。ここにはいろんな種類の鳥たちがたくさんいるから。
配達のお仕事が終わって森へ足を運んだ。
そこに居たのは
私と同じくらいの歳の女の子。
真剣に歌っている彼女の姿を見て私はふらふらと近寄って
傍にしゃがんで歌を聞いていたんだ。
◇
歌は不思議。
歌を作ったときの気持ちと
歌を歌うときの気持ちが合わさって
びっくりするくらい あたしの気持ちが表へ現れるんだ。
初めて歌を作ったときは照れくさくって誰にも聞かせたくなかったんだけどねぇ。
今じゃ、見て見て!聴いて聴いて!っていうくらい
次々に歌を歌いたくなるんだぁ―…
目の端に女の子が座っていた。
あぁ、この子がルーナかぁ。毎朝新聞や手紙を配達してくれる子だね。
歌い終わった後にこーっと微笑んでピースしてあげたら
無表情な顔に笑みが浮かんでた。
あたしは歌う
歌う
歌う―…
幼なじみの泣き虫シオンに初めて自分の歌を聴かせてあげた。
あれはいつの頃だったかなぁ…
あぁ、6歳のときかな…
通ってた学校のお昼のとき。外で食べようよって言い出したのはシオン。
お弁当を開けようとしたとき、ミツバチが飛んできて
びっくりしてお弁当ひっくり返したんだよね。
そしたらわんわん泣き出して。
泣くなよぉって背中を叩いてあたしのお弁当を半分分けてあげたら
顔をぐしゅぐしゅにして食べてた。