シオンは私の分までお金を払ってくれた。
「今日はルナリアのワンマンライブだって。ルナリア、ますます人気になってるなぁ」
シオンはそう言って私の向かいの席に座る。
私は大きな袋を横に置き、こっくりと頷く。
ルナリアのあの歌声は、まるで不思議な力があるみたいだもの。
人を元気にさせてくれる。
歌声を聴いた人たちに後ろから肩をぽんっと押してくれる。
私たちが来たときは疎らだった人も、今では店内は席いっぱいだった。
私たちは注文したソフトドリンクを飲みながら待つ。
私が頼んだ飲み物を一口飲むとびっくりしちゃった。
液体が口の中ではじけてるの…私、びっくりしちゃって吐きそうになったの。
「それ、ソーダだよ。ルーナは炭酸飲めないの?」
「……初めて飲んだの。びっくりした…」
そう言った時シオンは意外な一面を見た、というような顔をしていた。
ちびちびソーダという飲み物を飲んでいると店内はふっと明かりが消えて薄暗くなり、ステージに明かりが灯る。
大きな拍手と共にルナリアと一人の男の人がテーブルの合間を縫って登場した。
私たちのテーブルの横を通るとき私とシオンに気付いたのか、ルナリアは一瞬驚いた顔をしてにっこりと微笑む。
男の人はピアノに向かい、ルナリアはマイクの前に立つ。ちっとも緊張してなさそうに笑顔を振り撒く。
穏やかな空気が流れる。
透き通るような声でルナリアは歌う、歌う。
ピアノの音がルナリアの声をいっそう引き立てる。
「昔から変わらないな…すごいよ」
シオンが小さな声でぽつりと呟き、私はこっくりと頷く。
ステージの上のルナリアはいつも隣で歌ってくれるルナリアより輝いてみえた。
明かりのせいかな?
◇
ルーナは以前より穏やかな表情をみせるようになった。
初めて会った頃は氷のように冷たい表情をしていて、風にさらわれそうな程儚いものだった。
けど…今は違う。
そばでルナリアの歌を心待ちにしていて、美味しそうにビスケットを食べる。
ソーダを初めて飲んだ、と言って目を丸くさせながらちびちびと飲む。
前のルーナじゃ決して見られなかった表情を、今じゃ見せるんだ。
相変わらずの乏しい表情だけど、前よりか全然ましだよ。
なぁ、ルーナ。
いま、何を思っている?
その細い体にしょい込みきれないような事を持っているんだろ?
大丈夫だから。
大丈夫だから教えてくれ。
いつか、きっとな。
いつか、みんなでしょい込んだら
うんと素敵な笑顔をみせて…
ルナリアの今歌ってる曲はルナリアの新曲だ。
穏やかで艶があって、かなり大人っぽい歌だった。
「昔から変わらないな…すごいよ」
ぽつりと誰にもいうことなく呟いた言葉にルーナは頷いてくれた。
客は大人の人やら、子連れの人やら揃っていた。
熱心に聴き惚れ、間奏のところで拍手を送る。
ピアノの男もすごかった。
プロかアマチュアか分からないが、ルナリアの声を邪魔することなく見事に弾いていた。
一曲目が終わって自己紹介、MCをし、直ぐ次の曲に入る。
全てルナリアのオリジナルだ。
次々と歌を歌いあげ、今回のライブは終わった。
ルナリアが歌い終わって一息ついた時、店のオーナーが花束を抱えてステージに出た。
「みなさん、今日はルナリアの誕生日です。ルナリア、誕生日おめでとう!」
ここでピアノの男はバースデーの定番の曲を弾きだす。
サプライズだったのかルナリアは花束を受け取り目を開いてオーナーと男を交互に見ていた。
僕もルーナもハッピバースデートゥーユー、と歌い手拍子。
向かいのルーナは顔をほころばしていた。
「誕生日おめでとう!」
お客さんはルナリアにおめでとう、と声を掛けたり軽いプレゼントを渡したりして、ルナリアは忙しそうだった。
僕はガーベラやスプレーバラが入った花束をルナリアに渡した。
「わ、シオンありがとー!すっごい綺麗。レパードさんに作ってもらったの?」
「もう一人前だ、僕が作ったよ」
「へー、すっごいじゃない!レパードさんが作ったみたいに素敵よ」
ばしばし、とルナリアは背中を叩きながら顔中に笑みを漏らす。
「ルーナからもプレゼントあるんだよ」
僕は横に突っ立っている少女の方を向き目を合わして頷く。
「お誕生日おめでとう」
小さな声でルーナは紙袋をルナリアに渡す。
「うわぁ、嬉しい!なんだろなんだろ!」
ルナリアは僕のあげた花束を横に置き早速紙袋の中を探る。
ルーナは心なしか不安そうにルナリアを見つめていた。
プレゼントの中身はケーキだった。ルーナお手製のチーズケーキを手にしたルナリアは大はしゃぎだった。
「やった!食べていい?シオンにはあげないからね!」
ルナリアが包みを開けようとした刹那、後ろの辺りで客か誰かに名前を呼ばれルナリアは顔を僅かにしかめた。
「ちょっと行ってくる。あたし今日はここに泊まるからシオン達は先に村帰ってて!」
じゃあ、と両手にプレゼントの品々を抱えてルナリアは去っていった。
僕はまだなにもルーナのことを知らなかった。
ただ、そばにいて楽しい。
それだけだった…。
店を出るとちょうど空は黄昏時だった。
ルーナと僕はバスに乗ってメンフィの村へ帰っていった。
村の隅のバス停を降り二人並んで歩いていた。ルーナはぼぅっとした顔で押し黙っていた。
海の側にはまるで巨人がざっくりと斧で切り裂いたような崖があり、その横を通っていた。