◇
音楽ってすごい。
音…ってすごい。
私は彼女の口から出る音楽に聞き惚れた。
ぴんと背筋を伸ばして歌う彼女の姿は美しかった。
「ルーナ、あんたも一緒に歌おうよ!」
そう言って彼女は座っていた私の手を引っ張って立たせて
「なに歌いたい?」って聞く。
私はこの世界で知ってる数えるほどしかない歌の中の一つをリクエストすると
彼女は頷いて、歌いだした。
私も歌いだす。
風が騒ぎ
私たちの周りの木々がざわめいた。
私の声は小さくて 彼女の声に消されそうだったけれど…
ルーナいい声してる、と彼女は笑った。
彼女の名前はルナリア。
「あたし達名前似てない?ルーナとルナリア!」
そう言って彼女は私に水をくれた。
たくさん歌って喉がからからで
水を一口飲むと生き返った。
ルナリアは私にたくさん話しかけてくる。
髪に葉っぱがついてるよ
とか
細い体。もっと食べなきゃ
とか
他愛のないお話し。
でもとても楽しくて
こんなに誰かとお話ししたのは いつぶりだろうって
ぼんやり考えた。
「あたし、隣の町の店でよく歌わせてもらってんだぁ。家はこっちの村にあるけど。
また一緒に歌おうよ!」
と、ルナリアは言ってくれて私達は別れた。
家へ帰って
鏡を見つめた。
醜い色に染まっている背中に生えているものが映ってる…
今日見た彼女の澄んだ笑顔を思い出すと
そっと触れた
硝子が音をたてた
◇
ぽっかりと浮かぶ雲。
青い空に一つだけゆっくりと流れてく。
「…暇だぁ」
花屋『三本のはな』と書かれたエプロンを身につけた
僕はカウンターに散らばる切り花のカットした枝を端に寄せて、頬杖をついて呟く。
店長のレパードさんは隣街まで出張。
そこそこ大きいこの花屋も平日の昼間は客足も少ない。
週に二回、昼間にあるレパードさんによる華道教室は
主婦に人気があるが、それ以外の平日の昼間は押し花やドライフラワーを作っている。
…丸い雲。
あの雲、餅みたい。
あ、餅食べたいな。
焼くのがいいか、煮るのがいいか………
「シオン!シオン!」
ゆさゆさ、ゆさゆさ。
「…あー……ルナリア?」
むっくりと起き上がったら袖がよだれで冷たかった。
「もう、だらしないねぇ。寝てて仕事になるの?
レパードさんに言い付けるよ!」
カウンター前には幼なじみのルナリアが仁王立ちで立ってた。
肩までの茶髪に小さい背丈。
こんなおっかない声出しても、歌う時は鳥のように、たっかい声出すんだよな…
「ルナリア、餅だよ。ほら、あの雲!餅みたいじゃない?」
よだれをタオルで拭きながら、カウンター横の開いた窓を指差した。
「あんたってほんとバカね。今、雨降ってんのよぉ?」
あ…ほんとだ。
僕が居眠りしてた間にさきほどまでの空はどこへ消えたのか、
小雨が降っていた。
「いい?今日仕事終わったらあたしの家来て?…絶対!」
僕が、「えー…」と口を挟もうとしたのを見兼ねてルナリアは声を張り上げた。
なんの用だろう。また新曲作ったのかな?
昔からルナリアはよく僕を呼ぶ。ただ最近どう?と
話しをするためだったり、新曲をお披露目したいために呼んだり…
「わかったよ。行くから。また新曲作ったの?」
「ないしょ!来てのお楽しみ。じゃあねーあたし忙しいから!あ、レパードさんによろしくね。」
ひらりとスカートを翻して嵐のように帰ってく幼なじみ。
「…相変わらずだなぁ。」
雨が斜めに降りだし、入り込んでくる雨。
僕はパタンと窓を閉めて呟いた。
村には海があり、海の側には毎年夏に訪れる客用の海の家がある。
しかし、隣町の大きな、しかも遥かに賑わいのある海水浴場に
負けてメンフィの村はどこか物寂しい。
僕はそんな村が大好き。
村の名物の時計搭の横の通りにある小さな一軒家が僕の家。
幼なじみのルナリアの家は時計搭を横切って少しいったとこにある。
僕は隣町で産まれたけど、いつもこの村に遊びにきてた。
遅くまでルナリアと遊んで、ルナリアのおばさんに早く帰りなさいと言われて
いつも家まで送ってくれたっけ。
僕はレパードさんのところで働くようになって家を出て、この村で暮らすようになった。
レパードさんも隣の駄菓子屋のおじさんもみんなみんないい人だ。
僕はそんな村が好き。
「あらっ!シオンいらっしゃい。久しぶりねぇ?ルナリア、中にいるわよ。」
「おばさんこんにちは!おじゃましまーす」
ルナリアの家の扉を開けるなりおばさんが出迎えてくれた。
僕は会釈してルナリアの部屋へと向かう。
ルナリアの部屋は奥。
ドアには僕が作った柊のリースが飾られていた。
とん、とん。
「…」
ノックしてドアが開くなり銀髪が目の前に映る。
…えぇ??なんでいるの?
ルーナは相変わらずの無表情で僕を出迎えていた。
「…えぇっ?…あの…シオンです!」
…
「…こっち」
ルーナは一歩身を引いて僕を通す。
部屋に入るとルナリアがげらげらと笑っていた。
「あはは!あんた、何名乗ってんの?おもしろーい!」
「口がすべったの!その、びっくりして!」
僕はむきになって言い返したがルナリアはまだ腹を抱えて笑っていた。
僕はルナリアを睨みつけてルーナのほうを振り返った。
ルナリアも予期せぬ来客にびっくりしているのか僕を見つめていた。
「……貝。この前は拾ってくれてありがと。」
僕が何か言う前にルーナは小さく呟いた。
「え?もう初対面は済んでたのぉ?」
またしても僕が口を開く前に、ルナリアは言った。
「うん。この前私が海辺で貝拾ってたら手伝ってくれたの。」
ルーナは心なしかうっすらと微笑んでいる。
いつの間に二人は仲良くなったんだ?
僕は一人置いてかれた気分だった。
「聞いて!あたし、ルーナと友達なったの。あんたとあたしも友達。ルーナとあんたも友達。皆友達ってわけ!」
呆気に取られている僕に向かってルナリアは嬉しそうに言う。ルナリアはいつもそうだ。
昔、一人ぼっちだった僕をそうやって笑顔で「こっちおいで」と誘ってくれたことを思い出す。
「シオン、よろしくね」
すっかりルナリアのペースにはまっているらしいルーナ。
改めて聞くルーナの声にどぎまぎする僕。
相変わらず無表情で話すルーナだけど、貝を一緒に拾ってた頃よりは…近くにいるようだった。
こうして 僕らは はじまった。
君がいて 僕がいて
あたりまえのように
そばにいる日々が―…