彼女は村一番の働き者。



いつのときからか、
ふらりと一人、この村に現れて
郵便屋をしている。




…なぜ郵便屋なのかは知らないが。



僕が目覚めたときにはポストにきちんと朝の新聞が入っている。




彼女の名前は ルーナ。



「ルーナはいい子だよ」

隣の駄菓子屋のおじいさんは自慢げに言う。


ルーナはこの村みんなの自慢なんだ。



ある時は泣きやまない赤子を そっと撫でるだけで きゃっきゃと笑わし。


ある時はパン屋のおじさんが病気で倒れたときお店のお手伝いをし。


ある時は時計塔の清掃のお手伝いをし。
僕はルーナと話したことがない。




数日前、なんの夢か忘れたけど…悪い夢を見た朝。

僕は二度寝する勇気もなくまだ薄暗い朝に、気分を変えようと庭へ出たとき…


さらさらの銀髪をなびかせて歩き

ルーナは僕の家のポストへ新聞を入れていた。


白い肌

白いワンピース

郵便用の赤いショルダーバッグ



なんだ、僕と同じくらいの歳じゃないか。



ちらりと僕のほうを見ると、ぺこりと頭を下げて



ルーナは小走りで隣の駄菓子屋のおじさんのポストへと向かった。
新聞を手にとり、広げると、



きらきら



一瞬、砂粒のようなものが落ちて輝くんだ。


すぐに すぅっと消えちゃうけど




僕はその瞬間を見逃さない。



この、月のカケラみたいな砂粒が僕は大好き。




ルーナの届ける手紙は全部、この『きらきら』が一緒に届くんだ。




村のみんなも時々この話題を持ち出して、
不思議だ、不思議だ、て首を傾げる。



でもちっとも嫌じゃなく


孫から届く手紙


遠い遠い兄弟から届く手紙

離れ離れになった友達からの手紙



みんなそれぞれ、一つの紙に想いがこもられた手紙が届けられ開ける瞬間



ルーナからのほんの瞬間の贈り物が届く。
ぽつり

ぽつり



この小さな村 メンフィに雨が降り注ぐ。


ぽかぽか おだやかな陽射しも

しばらく続くこの季節

急な雨が降るときも少なくない。

僕は店の外に出してある鉢植えを中にしまった。


「レパードさん、鉢植えしまっておきました。」


僕は店の奥の作業場にいる店の主、レパードさんに声を掛けた。

レパードさんはドライフラワーに使う花を選んでいる最中で、手には数本の花が握っていた。


「…あら、また雨?さっきまで晴れてたのにね。 もう上がっていいわ、もうお客さんも来ないだろうし。後は私がやっておくから。」


僕は頷き、レパードさんお手製のエプロンを脱ぐとレパードさんにさよならを言って店を出た。


外は雨。


曇り空とまではいかない、青い空にぽかんと雨雲が浮かんでいる、あいまいな天気だった。


傘をさすにも、微妙な。



今日もまた雨が降るだろうと予測していた僕は家を出る時傘を持って出ていたが、
傘をさすまでもないと決めぶらぶらと片手に傘を下げて砂浜へ向かった。
勤め先の花屋から数分ほどの砂浜。


僕の大好きな場所。


ここから見る夕日は本当に綺麗なんだ。



嬉しかったとき

つらかったとき

泣きたかったとき


僕はこの砂浜に来て海に向かって感情を投げ付ける。



誰にも甘えることはできないから


せめて この海の前では

僕は一人 身をさらすんだ。


夏はたくさんの人が此処へ来て海水浴をするけど


まだ熱い毎日からはちょっと早い今は
ほとんどだれもいない。



西へ沈む太陽

空は赤色 灰色の雲

海は青色



あぁ、今ここはいろんな色に包まれている。



そして、銀色の髪


白いワンピース
「…ルーナ?!」


と、声に出すのを喉元までで止めて、僕は近くの岩場までそそくさと隠れる。


別に悪い事してる訳でもないのに…


心の中の自分が呼びかけるものの、見つからないようにさらに大きな岩場へと移る。


先ほど自分がいた数メートル先にルーナがいた。


離れて彼女を見ると、全身が真っ白だ。


さらさらの銀色の髪も白いワンピースも一緒に溶け込んでいるようで


ただ彼女の肩にかかった真っ赤な郵便用のショルダーバッグだけが異質だった。



雨足は強くないものの、雨はまだ降り止まない。


ルーナは傘も持たずにうろうろと砂浜を歩いていた。


しばらく見とれていた僕は隣の岩に鳥が一羽ばさりと止まった羽音で我に返ると、
傘を片手に持ち直し彼女に近づいた。