「分かっている」
しかし、山崎は芸妓を一瞥したきり、興味なさげに視線を外した。光の目尻から流れる涙を袖口で拭ってやると、彼女は小さな吐息を漏らす。
(ほんま、無防備すぎるわ……)
昔は違ったのだが、酒は今や光にとって一種の薬だ。日頃、ため込んでいる感情を抑えることが出来ず、光はいつも泣いてしまう。
きっと、言葉に出さずとも、彼女にとってこの世界自体が苦痛なのだろう。この殺生が日常と化した血生臭い動乱の世が――……。
「……何だ」
隣から感じる視線に山崎は険しい表情を向ける。そこにいたのは、普段光に好色を覗かせている隊士たちであった。
――感じるのは、心底激しい怒り。
ふざけるな、何も知らないくせに、と怒鳴りたくなる。
だから何も言わず、これ見よがしにそっと彼女に手を回し、近くに引き寄せて固まる奴らに冷たい視線を送る。
「お前たちが何をしようと構わないが……手を出す相手は十二分に考えた上で選ぶことだ。……余計な真似をするな」
冷たい声音でそう言うと、隊士たちは決まり悪そうに浮き足立ち、慌てて四方に散っていってしまった。
目の前の芸妓も目を伏せ、持っていた酒瓶を床にそっと置く。山崎は芸妓に「下がれ」と、冷ややかな声音で口を開く。
――胸に残ったのは自己嫌悪。
酷い物言いだと分かっているが、緩めるつもりも止めるつもりもない。それほどまでに山崎は嫉妬に苛立っていた。