「烝、どうだった?」


近くまでやってきた山崎に「彼は――そうだっただろ?」と、確信を持って尋ねてみると、彼は苦々しい表情で頷いた。


そして、周りに誰も居ないことを確認してから、山崎は抑えた声で話し始める。


「あいつ……早速、局中法度を書いた紙を街で侍に渡して……その侍を付けたら……長州藩邸に入りよった」


(……楠木はクロ、か)


自らの知識にある歴史と自分が関わっているということに、光は言い知れぬ違和感と不安感を感じた。


それでいて、腹からこみ上げてくるような高揚感を全身で感じる。自分が平静ではないと悟った光は、ゆっくりと深呼吸を繰り返した。


「……土方副長に報告を」


「ああ。行ってくる」


ちょうど土方の部屋に向かうところだったのだろう。そうでなければ、報告を土方よりも先に光にする筈がないのだから。


背中を向けた山崎は、そのまま光の脇をすり抜けて、上官の居る場所まで歩いて行った。


彼の背中を見ていた光は、やがて濡れた口元を手拭いで乱暴に拭う。


そして、これから起こる現実の歴史に思いを馳せながら、自分の部屋に歩みを進めた。