「……まあ、山崎に限ってへまはしないだろうが……確かな証拠を掴んだら、間者についての報告に来い」


「承知」


膝を付く光を余所に、入り口の方へ去っていく土方。彼は、「これからも指導を頼む」と、振り向きざまに言う。


その時、頭(こうべ)を垂れる光には見えなかったのだが、土方はとても険しい苦悩する表情を覗かせていた。


仲間を死に至らせる法度を作った己への嫌悪か。それとも、今まで信じてきた仲間が敵であり、間者を手に掛けなければならなくなった深い悲しみか、怒りか。


“鬼の副長”


その異名をつけられた壬生浪士組副長、土方歳三。彼もまた、夢を求め、必死にこの時代を生きようと足掻く、一人の人間なのである。


決して、鬼などではない。
――鬼などでは。


遠ざかる足音に、ゆっくりと頭を上げる光は、しばらく土方の背中を見つめる。


巨躯でも華奢でもない、中背である土方の肩には、一体どれだけの辛苦が重荷となって乗っているのだろう。


(…………土方副長……)


君主の為に、命を賭して戦う。


それは、かつて師に対して感じていた、「守りたい」と言う感情とは少しばかり違っていた。