笑顔でそう言った女将に背中を向けて、山崎と光は再び京の街を歩き始める。


山崎の左を歩く光は、優しい表情で簪を見つめ、しばらく穏やかな空気が流れた。


「烝……ありがとう」


「かまへん。……大切にせえよ」


「うん!」


まるで昔に戻ったようだ。
無邪気に微笑む光に兄弟子として隣にいる山崎。変わったのは、お互いの立場と大切なあの人がいないということだ。


(師匠――……、
きっと俺じゃないんですよ。
光が求めて止まないのは)


友達でもなく、恋仲でもない。実の親よりも、ずっと深い場所で支えになっていたのは、紛れもなく師匠。


(――猫みたいにすばしっこい奴やから、目ぇ離した隙に、手ぇ伸ばしても届かへんとこに行っとる……。そないな奴や)


山崎は光が消えてしまいそうなことが何よりも恐ろしかった。満面の笑顔を浮かべたまま、別れの言葉を告げられてしまいそうで、しかもそれが現実味を帯びているのだ。


ある日突然、山崎の隣から姿を消しそうなくらい不安定であやふや。


――とても、大切な存在だ。