奈月はゆっくり振りかぶる。

「どうせ俺には当てることはできねぇよ…くそっ!!」

バァン!!

奈月の指先から放たれた一球は目にも留まらぬ速さでホームランゾーンの的の真ん中をいぬいた。

奈月が輝く瞬間、それはボールを放つ時だ。

野球に今現在着手していないことが非常にもったいないと、彼の投球をみた人間は必ず漏らすほどだ。

だが、今はそんなことを言っている場合ではない。

回りの客は唖然として穴の開いたホームランゾーンと奈月をみているが、奈緒の心は穏やかではない。

「はぁ……やっちゃった……出てきなさい奈月!!」

「あ、やべっ」

奈月は回りを見回して逃げ道を捜す。

が、気付くのが遅かった。

人はもっと冷静になるべきだろう。

逃げ道はなかった。

それはそうだろう。

密室なのだから。

奈月の後ろのドアがガタガタと音をたてている。

奈緒が入ってくるのは時間の問題だろう。

そのドアの音はまるで奈月の今の心境をそのまま表しているようだ。