「だから、柴田君も、絶対変われるから。私でさえこんな脳天気な子になれたんだから。
柴田君、本当は絶対優しいもん。」
夜佐神の言葉に、俺は口を閉ざした。
頭の中で、夜佐神の『絶対変われる』という言葉が、何度も繰り返される。
それから数秒黙り込んでから、
「お前に何がわかんだよ。」
そう、意地悪に吐き捨てた。
そして、ゆっくりと座りっぱなしでダルくなった腰を上げて、数歩だけ歩き、足を止める。
そして前を向いたまま、言った
「でも、サンキュな…」
「……えへへ…。」
夜佐神の小さな笑い声が、かすかに聞こえた。
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「え〜やっぱり沖縄だよ!
だって10月に行くんだよ?暖かいところに行った方が得でしょ?」
「いやいや、寒い時期だからこそ、北海道でスキーした方が冬の正しい過ごし方に叶ってるぜ!」
夜佐神の言葉に、木下が反論するように言った。
それを聞いた夜佐神は負けじと
「でも、沖縄は海だけじゃなくて水族館とか、たくさんの観光スポットがあるよ!
北海道なんてスキーする以外やることないじゃん!」
夜佐神の言葉に、再び木下が言い返す。
「いやいやいや、スキーはその分飽きないから!
三泊四日ずっとゲレンデで滑ってても楽しいに決まってるだろ!」
「そんなん、運動できる人の意見じゃん。
運動が苦手な人はどうするの?」
「そいつらにとっても、いいトレーニングになる!」
「そんなの可哀想だよ!やっぱり沖縄がいい!」
「いや、北海道の方がいいって!!」
「どっちでもええがな!!」
俺の叫び声に、二人がぴたりと止まる。
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とうとう耐えきれなくなった俺は、怒鳴りつつも自分の机をバンッと叩きながら寝ていた体を起こし、
「あんたら、人の座席の前でなにギャーギャー討論してんだよ!
」
しかし、まるで聞く耳を持たない夜佐神は、むくれるように顔を膨らまし、
「ねぇ、柴田君はどっちがいいと思う!?沖縄なわと北海道!」
「もちろん北海道だよな?な?」
夜佐神と木下が俺の質問にもいっさい耳を貸さず、ズンズンと迫ってくる。
「何の話だよ!てか俺今寝てたよな!?寝てる奴の前で大声で言い合ってんじゃねぇよ!
よそでやってくれ!なんでわざわざ俺の席でやるんだよ!」
再び怒鳴ってやる。
すると夜佐神と木下は、笑顔で声をそろえていった。
『だって友達じゃん。』
「てめーら…………」
何か言い返してやろうと思ったが、こいつらのあまりの脳天気さに呆れて言葉もでない。
俺は、「はぁ…」と深くため息をつき、ダルそうに頬杖をついた。
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ちなみに今はロングホームルームの時間らしいい。
せっかくの自由時間なんだから爆睡してやろうと思ってたのに、目の前であれだけ騒がれたら寝るどころじゃない。
なんか大声だしてたら目も覚めちまったな。
「で、何の話だよ。」
仕方なく頬杖をつきつつも話に参加してやる。
夜佐神は、「だからぁ」と改めるように呟き、
「修学旅行の行き先よ!」
「は?」
夜佐神の理解不能のセリフに眉をしかめる。
「修学旅行って、まだ入学して5日ぐらいしか経ってねぇぞ?」
そういうと、今度は木下が変わりに答えた。
「そういっても、修学旅行は10月なんだよ
。予約とかも早くとらなきゃいけないらしいから、取りあえず行き先だけ決めなきゃならないんだとよ。」
「はぁ〜ん。それで北海道だの沖縄だの騒いでたのか。」
別に俺はどこでもいいんだけど、この二人の意見は見事に食い違ったみたいだ。
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周りを見渡してみると、確かにみんな修学旅行の行き先を討論し合ってた。
そしてあがった意見が黒板に書かれていく。
今のところ一番人気は沖縄。
だが北海道も負けてはおらず、数人の意見が勝敗を分けるような状況だ。
この状況に興奮しているらしい夜佐神は、俺の机をバンッと叩き、
「柴田君!君の意見が世界を変えるんだよ!」
「修学旅行の行き先が決まっただけで、世界がどう変わっちゃうんだよ。」
そう呆れながら答える。
クラス委員長なら、もう少し冷静になってほしい。
しかし夜佐神は納得がいかないようで、
「柴田君のせいで修学旅行の行き先がバンクーバーになってもいいの!?」
夜佐神に促され、黒板をよく見てみると、挙がっている行き先の中には『バンクーバー』までが挙がってやがる。
「マジだ……て、1人しか投票されてないじゃねぇか!」
「世の中何が起こるか分からないんだよ!?」
「仮に何かが起こって行き先がバンクーバーになっても、それは俺のせいじゃねぇよ!」
そう叫んでいると、今度は同じく興奮状態の木下がグッと近づいてくる。
「なぁ、男はやっぱスキーだろ!白銀に輝くゲレンデを二人で滑りおりようぜ!!」
「お前と一緒にスキーするぐらいなら、沖縄でサメに食われた方がまだマシだわ。」
そもそもこいつはスキー出来るのか?
そこからまず怪しい。
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「なんだかすっごいにぎやかね。」
俺らがガヤガヤ話し合ってる中、ひとりの女子生徒がこちらに歩いてくる。
「あ、沙織!」
その女子にいち早く反応したのは夜佐神だった。
そのすごく真面目そうな女子は、綾野の呼びかけにニコっと微笑み返す。
あまり面識はないが、たしか名前は香川 沙織(かがわ さおり)。
うちのクラスの女子グループのリーダー的存在の奴だ。
「なぁ香川聞いてくれよ!リヒトが俺とスキーしたくないって言うんだ!!」
木下がちくるように香川にすがる。
それを聞くと、香川はこちらに振り向き、ニコッと微笑み、
「よかった。柴田君もちゃんと話し合いに参加してくれてて。」
「…………フン」
俺は香川の笑みに耐えきれず、そっぽを向いた。
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こういう笑みを向けられるのは、なんだか苦手だ。
照れるというのと違うようで似てる感情かもしれない。
「そうかぁ…沖縄と北海道が接戦してるのか…」
香川が黒板に書かれている人気投票の現状況を確認しながらつぶやく。
その様子を見た夜佐神が首を傾げ、
「ちなみに沙織はどこに投票したの?」
その問いに、香川は当たり前のように答えた。
「え?バンクーバー。」
『おまえが犯人かよ!!』
まさかの夜佐神、木下、そして俺の声が見事に重なった。
俺もさすがに叫ばずにいれなかった。
香川は「え?え?」と動揺しているが、構わず俺は呆れるように頭を抱え、
「んじゃ…………沖縄でいいや……」
そのあとに涙目で駄々をこねる木下が、果てしなくうざかった。
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「へぇ、リヒト達も沖縄に行くことになったんだ。」
俺の隣に並んで一緒に長い下り坂を下校してる金髪のポニーテールの少女が、興味深そうに頷く。
こいつの名前は時雨 千秋(しぐれ ちあき)。
中学三年生の時、こいつと出会い、いろいろあって現在付き合っている。
中学の頃、荒れていた俺に手を差し伸べてくれたのが千秋だった。
この聖火校で、同じ中学校出身のの数少ない仲間だ。
俺とこいつが付き合うまでにいろいろあったが、それはまた別の機会に語ろうと思う。
ちなみに千秋のクラスは一年一組らしい。
「も、てことは、お前も?」
千秋にそう尋ねると、千秋は金髪のポニーテールを揺らしながらうなずき、
「うん、私たちも沖縄に行くことになったんだよ!」
そううれしそうに言った。
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「なんだ、そっちもなのか。」
俺はつまらなそうに言う。
しかし千秋は相変わらずニコニコしながら、
「リヒトが浮気しないように監視しないとね。」
と楽しそうに言った。
面白がって言ってるのか、それとも本気で言ってるのか、どっちもあり得そうだから笑い事じゃねぇ……
俺は小さく嘆息をつき、
「まったく、いやな監視役がついたもんダタタタタタタタァァ!!!」
千秋の右腕が容赦なく俺のわき腹の皮膚をつねる。
その激しい激痛が全身を走り、思わず涙目になってしまった。
ほぼ毎日このつねりを喰らってるが、慣れるもんじゃねぇな……(泣)
「今、なんてぇ?」
千秋は口元をにっこり笑わせながら可愛らしく尋ねてくるが………
「……目が笑ってねぇよ…」
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