私は、目の前に広がった世界に違和感を感じ、同時に慣れ親しんだ場所のように思えることが不快に感じた。
私は、この場所を「知っている」。でも、それは私じゃない。『私』の世界だと知っているだけだ。

「今さら! 今さら『私』をここに連れてきて。どうしろっていうのよ……」

私は困惑していた。
私にはもう別の世界があるのに、どうして私をここに戻したのか。
戻れと言った私の父と母は一体誰だったのか。
私には全て分からなかった。

「アエヌ様! アエヌ様、よくぞお戻りにっ」
私に向かって駆け寄ってきたのは、青いローブのような服を着た、少し太めの中年の男の人だった。

私は彼の名を知らなかった。

「アエヌ様、お目にかかれて光栄でございます。現神官長を務めております、デリカと申します」
デリカは慌てて名のり、そして私の前にひれ伏した。
私の足下で頭を地面につけるその様子に、私は身体中から震え起こる思いにさせられた。私は立ち上がり、その時初めて自分が王座の椅子の前に倒れていたことに気がついた。
しかし今はそれはどうでも良かった。ただ目の前のこの頭を下げている男を、何とかしなければと思った。
「やめてっ、立って……立って下さい!」
私はデリカに向かって叫んだ。
デリカは叫び声に驚き、困惑の表情で私を見た。私は自分で立ち上がろうとしないデリカに苛立ち、無理矢理立たせようとデリカの両肩を掴んで引き上げた。
デリカは掴まれた肩に痛みを感じたようで、顔を歪める。
私はそんなデリカの様子も不快だった。
デリカは、私の様子を窺うように、あくまで下から覗き込むような目線で私を見た。そして、ゆっくりと口を開き、
「アエヌ様、もしやまだ思い出されてはおられないのですか?」
デリカが亜美に問いかける。亜美はその問いかけにしっかりと答えた。
「知ってる。知ってるわ。この世界のこと、そしてアエヌという人間のことも知ってる。過去に何があったかも知ってる! でも私じゃない。私じゃないのよ」
デリカは首を傾げた。
「どういうことです
「私はアエヌではないと言うことよ。私は亜美。亜美です。アエヌは、もう死んだでしょう? ここにいるのはアエヌの記憶を持った亜美という人間よ」