「30過ぎにもなる男が、どうしてそんな子供みたいなことって、思いますよね」
ははっと笑う彼に、私は首を振った。
「いえ。そんなことは――」
「初恋、なんです」
え?
「好きになったのは、あなたが初めてなんです」
「う、ウソ……」
意外に経験は少ないかな、とも思っていたけれど。
まさか、未経験だったなんて。
こんなにいい人なのに、今まで恋愛してこなかった?
信じられないというように絶句していると、
「本当ですよ」
と、彼は控えめに微笑んだ。
「ぼくは厳しい家庭に育ってきました。勉強一辺倒で、食品会社を継ぐために、そして発展させて全国展開するために、必死に経営学なんかも中学のときから学んできました。高校は男子校に通っていたし、アルバイトもできず、学生時代に家族以外の女性と知り合う機会も、ほとんどなかったんです。大学には行ってましたけど、厳しい家庭事情もあって友達もろくにできなかったし、学校終わりに遊びに行くことがあっても、いつもひとりだったので」
矢継ぎ早に話したところで、彼はシートのリクライニングを少しだけ倒した。
思い出に浸るように、ふうっと息を吐く。
「恋愛に無縁のぼくが恋愛を知る術といえば、雑誌や映画しかなかった。それで、貪るように見るうち、シナリオに興味を持ち始めたんです。だからって、習いに行くことは許されなかったから、こっそり独学で……」
「そう、だったんですか……」