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図書館の前に、市村さんの車が停まった。


助手席に乗りこんだ私は、彼と目を合わせられなかった。


まさか、自分が相手に別れを告げる立場になるなんて、思ってもみなかったから。


ほとんど始まってもいない関係ではあるにせよ。


「急に会いたいって言われて、驚きました」


「すみません……」


「いえ、謝るようなことではありませんよ。嬉しかったですし」


市村さんの言葉のひとつひとつが、今の私には痛かった。


彼を傷つけてしまうと知っていて、それでも伝えないといけないことが、苦しい。


電話で言えばよかったかなと思うけれど、直接伝えないと卑怯になってしまう。


彼にも、失礼にあたるし。


「雛子、さん?」


黙りこくっている私に異変を感じたのか、不安げな市村さんの声。


「市村さん。大事な話って言いましたよね、お電話で」


「言ってましたね」


「…………」


「…………」




言葉の接ぎ穂が見つからない。



黙ったまま、数分が過ぎた。



少しずつ暮れてくる陽が、車内をオレンジに染めあげていく。


時折する衣擦れの音が、耳にうるさいくらいに静かだった。