ふたりを残してカウンターへ戻って受話器を取ると、聞き慣れた声がした。
『あの、市村と申しますけれども、片瀬雛子さんはいらっしゃいますか?』
市村さんだった。
「……私、ですけど」
『あ、すみません。図書館がちょうど終わったころかなと思って電話しました』
「何か、ご用ですか?」
『このところ、仕事が立てこんでたんですけど、やっとひと段落したので、できればこれからお会いしたいなと思って……ご迷惑でしたか?』
市村さんには、明日電話しようとは思って、連絡先をメモしていた。
このままフランスへ行くわけにはいかないし。
きちんと、話さないといけないから。
受話器をふさいで、私は待っているふたりに言った。
「市村さんからです。これから会ってこようと思うんですけど、そうするとチャクラが……」
要領を得たのか、博美さんは「いいわよ」とうなずいた。
「チャクラは美咲さんと行くから。あなたは、きちんと市村さんとのことを清算してきなさい」
美咲を見やると、彼女もまたうなずいた。
てっきり理解してくれているかと思ったら、
「もしものときのキープにするって手もあるからね!」
なんてことを言うものだから、博美さんに口をふさがれた。
「き、気にしないで……。二ノ宮さんには、チャクラできつ~くお灸をすえておくから。行くわよ、もうっ」
ずるずるずる、という音とともに、引きずられるようにして美咲は図書館から出ていった。
まったく……。
とんでもない冗談に苦笑しつつ、でも彼女らしい和ませ方だと思って、私はふさいでいた手を離した。
「すみません。ちょっと同僚たちと挨拶していて」
『いえ。こんな時間に電話したぼくが悪いんです』
「市村さん」
『はい?』
本当にこれでいいのね、という自問をしながら、私は彼に言った。
「私も、大事なお話があるので、ぜひ、これから」