完全に出鼻をくじかれた格好になってしまい、倒れこそしなかったものの、体中からガソリンが漏れ出す思いがした。


火種があれば、瞬く間に燃え尽きてしまいそうな、危うさとの狭間でかろうじて立っている状態だ。


なんならいっそ、灰になれればいいのに。


『雛子?雛子?』


名前を呼び続ける美咲の声に、なんとか答える。


「……大丈、夫。倒れてない」


『よかった……。あのね、話には続きがあるの。館長に聞いたんだけど、彼はどうやらチョコレート職人らしいのよ』


「ショコラティエ?」


『それそれ。パティシエとは違うみたいね。あたしには、どっちがどっちか区別がつかないんだけどね』


「ショコラティエだったんだ……」


彼がカウンターを通り過ぎるとき甘い香りがしていたのは、香水ではなかった。


私が抱いていた、虫が寄ってきそうだとか、齧りついてしまいそうという感想は、当たらずも遠からずといったところだったらしい。


『でね。彼がパリに行ったのは、どうやら向こうの有名なチョコレート専門店へ行くためらしいの』


「本場だもんね、あっちは」


『うん。館長も、滞在先やいつ帰ってくるかまでは知らされてないらしいけど、手がかりだけは教えてくれたわよ』


「手がかり?」