階下からカセットテープを再生出来る古いタイプのオーディオを海恋は、自分の部屋に持って行こうとするのをお母さんが黙って見てくれていたことが、今はありがたいと思った。詮索されて時間を足踏みすることは避けたかった。 部屋に戻った海恋は座り込み、目の前に置いた少し傷の付いている機器の差し込み口にカセットテープをはめる。その際上手く差し込めず、ガチャガチャと機器とカセットテープの擦れた音が生じた。そして、すぐさま再生ボタンを押した。
 ――………――
 ノイズ音が静かな部屋の中でよく響く。
 続いて、焦がれていた声がテープを通して耳に入ってきた。
 ――えーと、これでよしと。海恋聞こえてるかな? それと、久しぶり――
 あらかじめ録音されている晴司の優しさを帯びた口調が今は恋しかった。
 少しでも声を身体で感じたくて、無意識に少し重い機器に手を伸ばして抱き寄せていた。
 ――うんうん、聞こえているようだね。さて、一応本題に入る前に言っておくよ――
 何を言うのだろう。
 耳を澄まして次の言葉を待った。
 ――このカセットテープに録音されている僕の声を聞くことになるのは、もう、この世に僕がいなくなった時になる。ようは、僕が亡くならなければこのカセットテープを海恋が聞くことはない。僕が亡くなっているからこそ、海恋は今このテープを聞いているんだと思う――
「……え?」海恋は困惑した顔で機器を離した。
 言葉の意味がうまく理解できずに頭の中では混乱していた。少しずつ清司の言葉を反芻しながら冷静に考えてみると、胸が騒ついた。自分の心臓の鼓動が全身で感じれるくらいに早鐘を打っている。 口を開いても喉が渇いているから上手く言葉を発せれなかった。 ――突然こういうこと言って悪いね。海恋も多分、僕の一番大事な友達と同じように何かを感づい――
 ここで清司の言葉がプツリと途切れた。
 再生機器の停止ボタンには白く細い指先が置かれている。
 震える指先を戻し、胸元に両手を組んで添えた。
 不安感が募り海恋の指先は停止ボタンを押していたのだった。