学校の正門を急いで駆け抜けた森下は走る速度を緩めて歩きだした。彼女の家は私立甲蘭高校から徒歩二十分の場所の閑静な住宅街にある。
 自転車通学をしていない彼女は、内側にカールしている肩を越えるくらいの黒髪を揺らしながらただ黙って歩いていた。家までの道程はいつも隣に大好きな男性――晴司と並んで歩いていたのに、今は一人悲しく辛い気持ちだけしか彼女の心にはない。
 深い絶望の淵に立たされたかのような彼女の心は誰も救うことや手を伸ばすことができないところまでに傷ついていた。
 晴司の葬儀の時、彼女は笑顔で見送ろうと友達に言われて一度はそうすることが大好きな人にとって一番いいことなのかなとも思ったけれど、すぐにそう思える程、彼女の想いは簡単に切り替えができるほど大人ではなかった。
 いや、例え大人であろうとなかろうと昨日まで笑っていた大切な人が不意に目の前から掻き消えていけば、誰だって心を切り替えることはできないだろう。
 笑って見送ることなどできず、彼女は泣き腫らし顔で葬儀の時に終始いることしかできなかった。 家路に向かって考えながら歩いていると、いつの間にか頬を伝う雫に彼女は気付いた。土曜までの三日間、あれほどとめどなく流した涙は渇ききり、流すことさえ出来ないまでに落とした涙がまだ出てくることに、彼女は悲しさよりも嬉しさを感じた。心には耐え難い痛みが走り、それに体はこれ以上対応できず自動的に抑制されて、涙を流すことを止めさせられたからだ。その時に大好きな人に涙一つ出てこない自分を酷く恨めしく思ったから、今涙が出たことで嬉しいと思ったのだろう。
 夏の日射しのように燦々と照りつける太陽を浴びても汗一つかかない彼女の身体は月本晴司の死を切っ掛けに、壊れつつあるのかもしれない、心も体も。
 ようやく重々しい足取りで彼女は家に着いた。
 玄関の扉を開けて、靴をほっぽり出すよう脱ぎ散らかして二階にある自室に向かった。その姿を悲しみに満ちた表情で彼女の母親は見ることしか出来ないでいる。脱ぎ散らかした靴を綺麗に並べて静かに居間へと戻った。
 自室に入った彼女は鞄を机の横にかけて、セーラー服を脱ぐことなくベッドに崩れ落ちた。
 ……どうして!
 どうして私の大切な人が亡くならなきゃいけないの!
 彼女の悲痛な心の叫びは口から出ることはなかった。