トイレの洗面所で手を洗いながら、ふと思う。




もしかしたらトイレを出て、ソファー席の前を通るのが声を掛けるラストチャンスになるかもしれない。



リュウの誘いを断ってまで、ここへ来た…。



マサキさんが作ってくれたチャンス…。



それを生かすも潰すも自分次第…。



洗面所の鏡に映る自分の顔を見つめて祈る願い事…。




声を掛ける勇気を私に下さい。




ありったけの勇気を振り絞ってトイレのドアを開けた瞬間だった…。




チカの目に飛び込んできたのはトイレの順番を待っていたケンの横顔…。



ケンはトイレのドアが開いた音で振り向いた。



目が合ってしまったチカは慌てて下を向く。



さっきまでの勇気は一瞬にして吹き飛んだ。




『すみません…。』


そぅ言って下を向いたままケンの前を通り過ぎる。




けど、貴方は私の存在に気付きもしない。



すぐに下を向いてしまったけど、確かに目が合ったはず…。



“もしかして気付いてくれたかな?”



そんな期待してしまった自分がバカみたい。



こんな寂しい気持ちは初めて…。



貴方の存在を知りながら“すみません”と声を掛けた私…。



私の存在に気付きもしないで通り過ぎた貴方…。




すれ違った瞬間に漂うケンの優しい香り…。



その香りがチカの寂しい気持ちを更に強くした。