買い物袋は俺と洋太で持ち、由美ちゃんはサクラちゃんと手を繋いで歩く。
サクラちゃんは今日一日の出来事を楽しそうに俺にも洋太にも話してくれた。
・・・一つ気になること。
サクラちゃんは由美ちゃんの事を“由美ちゃん”と呼ぶ。
“ママ”じゃない。
もしかして歳の離れた姉妹??
すると洋太が少し後ろを歩く俺の真横に来て、小声で話し出した。
「由美とサクラは異母姉妹だんだよ。
親父さんは仕事仕事で家にほとんど居ないし、サクラちゃんを産んだ母親は男作って出てっちまって...」
「...だから買い物...」
「そういう事。あ...ちなみに俺と由美は幼馴染~」
「...幼馴染...ねぇ。」
「はい、着いた」
どうやら由美ちゃんの家に着いたようで。
そこは洋太の家の一軒はさんで隣だった。
「ごめんね。重かったでしょ?ありがとう!!
ちょっとお茶でも飲んでいく?」
由美ちゃんはそう言いながら俺から買い物袋を取り上げて、そのまま家のなかに入って行った。
少しだけ由美ちゃんと手が触れて・・・ビックリした。
立ちすくんでいると、洋太がまた小声で話しかけてくる。
「少しだけ寄ってくか?」
「...でも...」
「いいから...少しだけ寄ってこうぜ」
「...あぁ。」
**********
由美ちゃんの家にお邪魔して・・・の帰り道。
洋太とも別れて、俺は一人で駅に向かっていた。
由美ちゃんの家は綺麗に片付けられていて、リビングにはサクラちゃんが描いた絵が飾ってあった。
そこだけ見れば幸せそうな家庭・・・
俺はさっきの由美ちゃんの手の感触を思い出した。
高校生だぜ?
なんで・・・?
なんであんなに手が荒れてるんだよ・・・
きっと、オシャレもたくさんしたいだろう・・・
友達と遊びにも行きたいだろう・・・
洋太によると、家事、育児、勉強・・・ばかりで自分の時間なんてないに等しいらしい。
「...苦労してるんだな...」
このとき俺はまだ由美ちゃんに同情の念しかなかった。
**********
いつもの学校帰り。
今日は洋太は委員会があるとかで居残り。
・・・今日はバイトも入ってないし本屋にでも寄って帰るか。
駅前の本屋に向かう途中で信号待ち。
あれから・・・洋太と由美ちゃんの家に行ってから1週間が経っていた。
この1週間。
無意識に、この間会ったこの場所で由美ちゃんを探してしまっていた。
相変わらず、学校帰りに買い物して、サクラちゃんを迎えに行ってるんかな。
もうすぐテスト週間だろうし、勉強もしなくちゃいけないだろう。
信号が変わり、横断歩道を渡っている時、目の前の本屋に入っていく由美ちゃんの姿を見つけた。
「ゆ、由美ちゃんっ!!」
この間の洋太にも負けないくらいの大きな声でそう叫んだ。
パッと振り返った由美ちゃんは、この間と同じように恥ずかしそうに笑う。
まわりの人がジロジロと俺を見ていることに気付いて、俺も少し苦笑い。
「洋太ともだけど、智也君も声がデカすぎ!!」
「わりぃ・・・姿が見えたからつい...」
やっぱり由美ちゃんは、今時の女子高生と違って化粧っ気もなく、飾りっ気もない。
「...本屋に用事あったの?」
「あ、うん。ちょっと探したい本があって...智也君は?」
「あぁ...俺はただの暇つぶし的な...」
「そっかぁ。今日は洋太はいないんだねー。」
そんな話をしながら俺たちは本屋に入って行った。
ココの本屋は大きくて、フロアーが3階まである。
エスカレーターで2階に着くと、由美ちゃんが、「じゃぁ、あたしはココだから...」と。
俺は特に見たい本があるわけじゃないし、立ち読みするのは1階の週刊誌コーナー・・・
「え?!あ...俺もっ!2階に...」
「...え?」
不思議そうな、驚いたような顔をする由美ちゃん・・・
ん?・・・あ・・・。ココ・・・2階って・・・
思いっきり“女子色”・・・
「...あーーっっと...」
オロオロする俺を見て由美ちゃんはクスクス笑い出す。
「フフフッ!智也君、天然?
話に夢中になって、知らない間にエスカレーター乗っちゃったんでしょ??」
「わ、笑うなって!!偶然由美ちゃんの姿が見えたから...話に夢中になっただけだし...」
「面白いね、智也君って。じゃぁ、あたしはココのフロアーに用事だから...」
由美ちゃんはそう言って軽く手を振ろうとした。
俺は・・・
このまま由美ちゃんとバイバイするのがなんとなく淋しくて・・・
「あ...待って!!あのさ!か、買い物まだだろ??俺買い物付き合うよ!!」
そんな事を口にしていた。
「...え?」 由美ちゃんはきょとんとする。
「買い物も、サクラちゃんの迎えも...あ...ついでに本屋も...付き合うよ。
どうせ俺暇だし...」
由美ちゃんの事だから、きっと“いいよ、悪いから”なんて断るんだろうけど・・・
せっかく会えたんだし・・・
もう少し由美ちゃんのことが知りたい・・・コレが本音だった。
「じゃぁ...お願いしようかな。今日お米買わなきゃいけなかったの...
お願いしていい?」
由美ちゃんはサラっと髪を耳にかけながらそう言った。
「...で何の本探してるわけ?」
人生初・・・俺は“手芸本コーナー”にいる。
「うん、子供服を作ろうかなぁ~って思って。子供服って言うか、衣装なんだけどね。
もうすぐサクラの保育園でハロウィンパーティーがあるんだけど、その衣装を作ってあげようと思って...」
「へぇ...裁縫もできるんだ?」
「裁縫っていうか、ミシンで縫うだけだし。そんな大したものを作るわけじゃないんだけどね。
それで、この間、智也君のお店に行って衣装に付けれる飾りを探してたって訳。」
「なるほどね~」
「そのハロウィンパーティー、父兄も参加なの...あたしも仮装しなくちゃいけないっていうのが辛いわ...」
「今時の保育園はそんな事もするんだ?」
「うん。皆、御両親揃って来るから...
あたしが行かないとサクラが可哀想だしね。...ってあたしの事...洋太から聞いてるよね?」
・・・あたしの事・・・つまりは父子家庭って事だよな。
「ん...ちょこっとだけなら。」
「そっか。別に隠す必要もないからいいんだけどね?
ウチ母親が居ないの。父親も仕事でほとんど家に居なくて。
まぁ、だからあたしがサクラの姉で、両親...みたいな。」
「......」
由美ちゃんは、そんな話をしながらも切なそうな顔はせずに、ニッコリ微笑んだ。
**********
本屋とスーパーで買い物を済ませ、サクラちゃんを迎えに行く。
この間と同じようにサクラちゃんは由美ちゃんにも俺にも一日の出来事を楽しそうに話してくれた。
・・・のに。
急にショボンとした顔を見せた。
「どうしたのサクラ?」
「う...ん。あのね...」
サクラちゃんは保育園のショルダーバッグから一枚の紙切れを出す。
「...サクラのパパはパーティー来れないよね?」
俺はチラっと由美ちゃんの方を見る。
由美ちゃんはその紙に一通り目を通してから、さり気なく俺に手渡した。
その紙には、“ハロウィンパーティーのお知らせ”とあって、参加人数を描いて提出するものだった。
「サクラ...パパは来れないかもしれないけど、あたしが行くからいいよね?」
由美ちゃんはしゃがんでサクラちゃんの目線に自分の目線を合わせて言った。
「...ヤダ。だって、みんなはママもパパも来るんだもん!」
「でも...パパはお仕事あるし。
ほら、パパが来れない代わりにあたしがめちゃくちゃ可愛い衣装作ってあげるから♪」
サクラちゃんはそれでも顔を横に振った。
そんな二人のやり取りを見て、急に心が疼きだした。
・・・なんだろう。
この気持ちは・・・。
とにかく・・・俺がなんとかしたい。
「サクラちゃん!!俺が...パパの代わりにパーティーに行ってもいい?」
なんでそんな事を言い出したんだろう・・・
よくわかんないけど、
由美ちゃんやサクラちゃんに悲しい顔はして欲しくなかった。
「え!!!??智也兄ちゃん、いいの?!?!
ホント?!?!来てくれる?!?!」
サクラちゃんは俯いていた顔をあげて、パァっと明るい表情で言う。
「ちょ...智也君...そんなことまで...」
「いいからいいから...
ねぇ、サクラちゃん、俺がパーティ行ってもいいよね?」
「うんっ!!」
「んじゃぁ、パーティーに着ていく服探さないとなぁ~」
サクラちゃんは鼻歌を歌いながら、帰り道の公園に入って行った。
「...智也君。なんかごめんね...いいの?」
俺の後ろで由美ちゃんが申し訳なさそうな顔をしている。
「気にしないでいいよ!サクラちゃんが喜ぶ姿見れて嬉しいし...」
「そう言ってもらえると嬉しいけど...」
「でも俺...ハロウィンって何したらいいかわかんないんだけどね?」
「アハハハっ!何それっ!!」
由美ちゃんがそう言って笑った瞬間、俺の中の何かがこみ上げてきた。
「なぁ、由美ちゃん...あのさ...」
「ん?なに?」
気になっていた事・・・今聞いちゃっていいかな・・・
「洋太とはただの幼馴染なの??」