歓声が聞こえる。
 俺に向けられた歓声だ。

 いつもの決められたところに移動し、一呼吸。
 右手にぶら下げた持ちなれたモノの重みを確認する。
 1,2,3。
 フラフラと揺らしてから、両手で持ち直す。
 クセというより、これは儀式だ。


 歓声がまた大きくなった。
 お前らが望んでいることはわかってる。
 気持ちのいい音が欲しいんだろ。
 歓声に混ざって聞こえる打楽器のリズム。

 どいつもこいつも催促しやがって。 
 トランペットまで俺に催促してきやがる。


 俺は、さっきまで俺がいた場所を確認する。
「好きにしろ」
とそいつは言った。

 おいおい、ムチャ言うな。
 そんな不自由な自由があってたまるか。

 
 いい音を出すには、俺一人じゃムリなんだよ。
 協力者が必要なんだ。


 お前らじゃないぜ。
 俺の協力者は、さっきから俺を睨んでいるあいつだけだ。
 あいつの気持ちは良くわかる。

 あいつは他の奴らと違う。
 俺の気持ちいい音なんて望んでないんだろ。
 それでいい。

 そうでなくちゃいけない。
 それが俺のやる気をかき立てる。

 さぁ、始めようぜ。
 他のやつらなんて関係ない。

 これは俺とお前の、ステージだ。 

 あいつが両腕を上げる。
 また歓声がドッと沸いた。

 それはそうだ。
 ここで両手を挙げるやつなんて、そうそういない。
 いいのかい?
 そんなに興奮したら、他の音が奔り(はしり)出すかもしれないぜ。
 お前もこれが、二人だけのものだっていう意思表示をしているんだな。


 だが喜んでもいられない。
 時間だ。
 集中しろ。
 俺は全身の力を抜くと同時に力を込めた。
 


ッキン!!
 


 最高に気持ちのいい音が、球場内に響き渡る。
 高く飛んだボールは、歓声の中へ吸い込まれていった。