馬車が止まった。
後ろの扉が開いた。
開けたのは別な堕天使だった。
扉の外には、堕天使達がうろうろしていた。
屋敷を警備しているようだ。
警備隊長は、堕天使に手代木の縄を渡すと、いつもの牢に入れておくように命令した。
手代木が堕天使に引かれて歩いて行くと、先頭を歩いていた警備隊長が立ち止まった。
「そうだ。
妹、いや、リリス様に合わせてやろう。
これが見納めになるだろうからな」
警備隊長は部下の堕天使に牢に入れる前に謁見の間に連れていくように指示した。
手代木が謁見の間に着くと、ひざまづくように命じられた。
入場のトランペットがなった。
手代木の妹が出てきた。
警備隊長が手代木の横腹を蹴った。
「サタン様のお妃リリス様の前だぞ。
頭を下げていろ」
リリスは手代木を見て質問した。
「なんだ。
こいつは」
警備隊長が答えた。
「リリス様の宿主となったいる女の兄でございます」
「そうか。
殺してしまえ。
この女が霊力がなかなか強くて時々わらわを追い出そうとする。
身内の者が死ぬ様を見せつけておけば、わらわを追い出そうとする気も失せるだろう。
そうだ。
虎に喰われるのを見せてやれ」
警備隊長は言った。
「わかりました。
用意が整いますまでおまちください。
できましたらお呼びいたします」
リリスは席を離れた。
手代木も謁見の間から移動した。
手代木はすり鉢場の闘技場に
連れて来られた。
観客席には、悪態をついた堕天使達が大勢見物に来ていた。
警備隊長は手代木の手かせに大きな重りを付けた。
足には重りの付いた足かせもつけさせた。
「この位でいいな。
なぶり殺しになるといい」
警備隊長は手代木が素早く動けないことを
確認しながら、続けて部下に言った。
「おい、虎の用意はどうなっている。
俺の堕天使を憑かして、みるから支度しろ」
部下は虎の用意にその場を去っていった。
手代木は落ち着いて観客席を見回した。
観客席の一部が特別席になっているようだ。
『あそこに妹が出てくるんだな』
そんなことを考えていた。
『なんとかして、妹の体から、リリスとか言う憑いている悪魔を落とさなければ』
観客席が騒がしくなった。
サタンと妃のリリスが現れた。
リリスは妹の体を乗っ取っていた。
連れ去られた時の和服ではなく、洋装でドレス姿をしていた。
一方、隣のサタンはたくさん勲章を軍服に付けている男だった。
『あれがサタンに取り憑かれた兵部卿だな』
と、手代木は思った。
二人が貴賓席に着くと歓声はさらに大きくなった。
サタンが右手を挙げて周りに手を振っていた。
闘技場に台車に乗せられた檻が運び込まれてきた。
檻の中には大きな虎が入っていた。
虎に対抗するにはスサノオの力を借りなければならなかった。
手代木はスサノオを勾玉から取り出そうとした。
勾玉からスサノオを取り出すには印を結ばなければならなかったが、手枷のせいで手首が十分に動かせず印が結べなかった。
例の警備隊長が観客席の一番下、闘技場の壁の上にニヤニヤしながら笑っていた。
憑いている堕天使を出していた。
『虎に憑くつもりだな』
サタンが立ち上がった。
右手を挙げて、虎を檻から放すように合図した。
部下が檻の戸を開けた。
虎がゆっくり檻から出てきた。
虎の体から霊糸が伸びていた。
『霊糸が出ている。
堕天使が憑いているんだな。
どうすればいい』
手代木は手枷に力を入れた。
手首が痛くなっただけで、壊れはしなかった。
虎が一歩一歩近づいてきた。
堕天使達の歓声が大きくなった。
虎が飛び上がって手代木に襲いかかってきた。
手代木は虎をかわして逃げた。
虎は体勢を立て直すと、襲いかかる準備動作で背中を丸めた。
手代木の頭の中で声がした。
『おい。
虎に手枷をかみ切らせろ』
『一体、この前から俺の頭に声だけさせて、何者なんだ』
『今、説明している場合じゃないだろう。
いいから、俺の言うとおりにしろ』
『…』
『俺が一瞬だけ虎の動きを制御してお前の手枷をかみ切らせる。
お前は、手枷を前に出しておけ、
一度だけだからうまくやれよ』
再び、虎が口を開けて飛びかかってきた。
手代木は目を避けながら、手枷を突き出した。
虎は手枷を食いちぎった。
手代木は虎の腹に潜り込んで攻撃をかわした。