明治維新から数年経った春。
「先生、見て」
太郎が半紙に書いた字を手代木に見せた。
「良く書けてるな」
手代木は太郎の頭を撫でた。
太郎は喜んで、また別な字を書き始めた。
手代木は元は京都見回組みの組頭をしていた。
維新後は東京の下町で、寺子屋をやって生活していた。
「太郎、迎えに来たよ」
玄関先で大きな声がした。
手代木が出ていくと太郎の母がカゴいっぱいの野菜を持って来ていた。
「先生、これは月謝です」
手代木の塾では月謝は金でなくともよい。
奥から妹の葵が出てきた。
「まあ、新鮮な野菜。
今日のおかずは、ふろふき大根にしましょう」
「葵ちゃんは料理が上手いから。
いいお嫁さんになるわね。
それには、先生も早く嫁をもらって、葵ちゃんを嫁がせないとね」
手代木は苦笑いした。
葵は野菜のかごを持って奥へと消えた。
太郎と母親が外に出るのと、数人の官憲が中に入って行くのとすれ違った。
二人は官憲を目で追った。
彼らは玄関で大声で怒鳴った。
「おぃ。
誰か居るか!」
「おぃ!」
手代木は一旦、教室に戻っていたが、玄関に出ていった。
「何でしょうか」
官憲の一人が口を開いた。
「手代木というのは誰だ?」
手代木が頭を掻きながら答えた。
「私ですが」
「なるほど、憑き神を出したままにしているとは聞いていたが本当だったな」
「一体、何のことでしょうか?」
「一緒に警察署まで来て貰おう。
早く支度をしろ」
官憲にせかされて、手代木は子供達を返して、から家を出た。
警察署に着くと地下に案内された。
そこには、二人の男が居た。
一人は官憲で、もう一人はシルクハットに和服を着こなしていた恰幅のよい男だった。
シルクハットの男が言った。
「ようこそ、手代木さん。
一緒に頑張りましょう」
もう一人の男が言った。
「なんだ、元京都見廻組の組頭佐々木さんじゃないですか」
手代木は自分の本当の名が知られていたのに驚いた。
「どうして、それを知っている?」
官憲姿の男が言った。
「屯所ではいつも局長とかとしか話していませんでしたよね」
「し、新撰組だったのか」
「斎藤一っす。
今は、末永っていいます」
手代木はその名に聞き覚えがあったし、鋭い目つきの男が居たことを思い出した。
シルクハットの男が言った。
「私は田母神だ。
宮内省から出向している今回の事件の指揮をとるから協力してくれ」
末永が頷いた。
手代木は尋ねた。
「ここは警察ですよ。
宮内省とは関係ないのではないですか」
田母神が答えた。
「攘夷の真の意味は、西洋の妖魔を日本に入れないことにあった。
だが、それは失敗し今に至っている。
そこで、我々に憑いている日本古来の神々の力で、それを追い払わなければならない。
日本の神々を統括する宮内省と警察はその点で一致団結したのだよ。
そこで、退魔局を設置したのだ」
田母神は退魔局の意義について説明し始めた。
一通りの説明が終わった。
田母神が手代木に尋ねた。
「君は常に神を出しているのかね?」
「えっ。
しまっておけるものなんですか?」
末永が言った。
「ずっと出していたら、神使いだとバレてしまうじゃないか。
第一、潜入捜査が出来ないだろ」
手代木は聞いた。
「皆さんは私の神が見えるんですね!」
末永が苦笑して言った。
「お前、バカか!!
神使いは他人が出している神が見えるんだぞ」
「すると、皆さんは神使いなんですね」
末永が言った。
「神を出して居ないからそうじゃないと思ったのか?
おめでたい奴だな」
田母神が手代木に尋ねた。
「君の神は何だ?」
「スサノオです」
「そうか。
私のはオオクニで、
末永君はフスミの神だ。
ここには来ていないが、あと一人は、虫神だ」
手代木が尋ねた。
「いつになったら戻れるのでしょうか」
田母神が答えた。
「さっき、開国と同時に洋魔が来たと言ったな。
これから我々はサタンと言う堕天使と戦うことになる。
サタンが取り憑いているのは、兵部卿だ」
手代木が少し驚いて言った。
「また、すごい人に取り憑きましたね」
田母神が言った。
「兵部卿に取り憑いたのは、将来、追い出された西洋に対して侵攻することを狙っている」
末永が言った。
「取り憑いているのを封印するってことは、兵部卿を殺るということだな」