「あれ、千鶴ちゃん、今日はやけにご機嫌ナナメじゃん? 例の弟クンとまた何かあったでしょ」
「―…っ!」
バイト終わりまでもう少しというところで後ろから唐突に声をかけられ、並べようと手に持っていた文庫本が滑り落ちた。
PM.20:45。
声の主は、わざわざ振り返らなくても分かっている。
夜勤の人との交代まであと15分、そのきっかり15分前に出勤してくる人といえば…。
「あはは。そんなにビックリすることないじゃん。ただのあいさつでしょ、あいさつ」
「まぁ、そうなんですけど…。でも、もう少し普通に声かけてもらえないですか? 吉岡さん」
そう、この人――吉岡歩。
「えー、普通に声かけたつもりなんだけどなー」と相変わらず軽い口振りで言い訳をする彼は、口調こそチャラついているけど根は真面目な大学2年生だ。
その証拠に、眼鏡をかけて理系の専門書を読んでいる姿がやけに様になっていて、うっかり見とれてしまうほどであり。
そして。
だからってわけではないけれど、あたしの“ちょっと気になる人”だったりもする―…。