「見事だ…」
月に一番近い場所。
林道を抜けた先にある、小高い丘。
絵に描かれたような風景は、申し分ないくらいに鮮やかだ。
それなのに、何故か物足りない。
哀愁に満ちる空虚感。
「…鈴音……」
不意に口走った、鈴音の名前。
優一が言った『理屈じゃない想い』と言うのは、この事なのか…?
ふと思い出して、懐に手を入れる。
「…まだ、渡していなかったな…」
取り出したのは、たった一つの簪(かんざし)。
あの時、あの婆さんが譲ってくれたモノを渡せぬまま、ずっと持っていた。
…そうだ。
これを鈴音に渡そう。そして、この月を見せてやろう。
俺の気持ちを、伝えよう…。
俺はそのまま、来た道を引き返して花月楼へ向かった。