「嬉しそうに話してました。カスミソウの花言葉の様に無邪気に生きてほしいって。そして切なる喜びを・・・喜びに満ち溢れた人生を歩んでほしいと。お父さんが願いつけてくれたんだって・・・」

カスミの父の目から涙が溢れてくる。

「今でもお父さんの事が大好きだと。でも恥ずかしいから言ってあげないんだって・・・恥ずかしそうに笑ってました」

もう・・・父の目には娘しか映っていなかった。外聞も気にせず泣きくずれている。



扉へ向かうカスミの元に父の嗚咽が届く。

「・・・・お父さん?」

問い返しても返事は聞こえてこない。ただ父の悲しそうな声だけが、カスミの耳に響いてくる。

「お父さん・・・・泣かないで・・・・」

父の声が気になり前に進めない。そこに華音たちの声も届いてくる。

「戻ってきて・・・戻ってきてよ・・・」

「カスミに会いたい・・・」

大好きな人たちの声がいくつもいくつも聞こえてくる。

完全に立ち止まってしまったカスミは、その場に座り込んでしまった。

(・・・行かなきゃいけないのに・・・進めないよ・・・・)

扉はもうすぐそこまで来ている。しかしみんなの声がカスミを留めていた。

それはカスミがこちらの世界に戻ってくる微かな希望だという事を・・・カスミは知らない。父の声、友の声・・・そこに大好きな人の声が足りない・・・。

(私も執念深いな・・・・自分から別れたのに・・・・)

彼がいない人生を想像できなかった。彼がいない人生をこれから一人歩いていくくらいなら・・・。

父は言っていた・・・人は一人では生きていけないと・・・だから私は生きていけない。

何度神様に祈っても、何も変わらなかった。

何度いい子になるからと母に縋っても、何も変わらなかった。

人を信じれば、裏切られた。

いくら友人に囲まれ、恵まれていても・・・一番欲しかった親の愛はもらえなかった。

もう一度あの世界に戻る勇気を・・・カスミは持てなかった。


そして・・・立ち上がり扉に進もうとした時・・・。