* * *
スンスン、スンスン、洟を啜る音が車内に響き渡る。
犯人は運転手。
数分前まで俺をキツク抱擁していた“秋本桃香”と名乗った姉さんだった。
ハンドバッグからポケットティッシュを取り出して目元にそれを当てている。
それが終わると、コンパクトを取り出して化粧の確認。
薄暗い車内で確認しても、そんなに確認できないだろうに「マスカラが落ちたかも」目のまわりが黒ずんでいないかどうか仕切りに気にしている。
助手席に座る俺は膝に乗せた通学鞄の重みを感じつつ、茫然と車窓から景色を眺めていた。
俺の知るようで知らない街並みは色とりどりの光で彩られている。
俺の知る街以上に鮮やかでギラギラと着飾っているもんだから、なんだかケバイなぁっと思ったり思わなかったり。
はぁ…、小さな吐息を漏らして俺は肩を落とす。
成り行きで姉さんの車に乗り込んじまったけど、なんで俺、車に乗っちまったんだろう。
家に帰らないといけないのに、なんで俺、姉さんの車の助手席に腰を下ろしているんだろう。
俺は今、一体何処にいるんだろう。
現実逃避を起こしている俺は、鼻柱を擦り、てっぺんをポリポリと掻いた。
こんな時でも腹の虫が空腹を訴えてくるもんだから、俺って意外と神経が図太いのかも。腹減ったな。
「ねえ、坂本、あんた坂本健よね?」
静まり返っている車内の空気を裂いたのは姉さんだった。
今更な質問だよな、それ。
人を散々抱き締めておいて。