「あの時だけだがな。それ以来琴と歌を聞いた事はない」



あんな風に泣く姿も。とは志高は言わなかった。




誰にだって触れられたくないことはある。



那智がこれだけ時間が欲しいと頼んだ人に関する事なら、なおさらだろう。



「交換条件だ。琴を弾き歌え」




何も触れず、何も聞かずに、傲慢なまでに命令する志高。その気持ちを汲んだ那智はもう一度王に対する最高の礼を取り返事をする。



「かしこまりました。貴方がそれを望むなら、そういたしましょう。」




しかしそこで終わらないのが那智である。礼を崩すと顔を上げ、困ったように続ける。




「そう、たとえ・・・刺客の数が増え、嫌がらせの数が増え、命の危険にさらされる可能性が増えたとしても・・・王の為に従いましょう」



あながち冗談でもないのだ。先ほども話していたように、志高は朝まで姫と共に過ごさない。その志高が朝まで那智と過ごす・・・本当の事を知らない者達からしたら、大変な騒ぎである。



そして、いつもならただ床を共にして終わりの室から、琴や歌声が聞こえてこれば王にとっての特別ができた。と勘繰る者もでてくるだろう。




那智の存在を喜ばしく思わない者達からすれば、今までとは非にならない位心底那智は邪魔な存在になる。




刺客の数も嫌がらせの数も増えるはずだ。考え込んでしまった志高に那智は笑い出す。




「あはは。冗談ですよ。今更多少増えたくらい気にしませんよ。どうにかしてみせますわ」



あっぱれな笑顔で言い切る。



「それに・・・妾は時間をもらいました。これは交換条件なのです」



だから志高が気にすることはないと言いたいのだ。




那智は心から感謝していた。嫁いだからには・・・そう言い聞かせ王に抱かれようとした那智に時間をくれた王。





その王が寝る為の時間が欲しいと言うなら、自分の危険と引き換えに、叶えてやるくらい簡単だ。