あたしは、その場から動けなかった。
「仁菜っ!仁菜ぁーっ!」
聞こえてくるお母さんの悲痛な叫びが、胸に突き刺さる。
「来てください!娘が!」
お父さんは、ナースコールを押したみたい。
すぐに医師や看護師が、あたしの前を通り過ぎ病室に入った。
「お姉さん、大丈夫ですか!?」
1人の看護師が、あたしにそう話しかけて来た。
「あっ、はい・・・」
そこであたしはようやく、自分の脚を動かした。
1歩1歩確かめるように、病室へと歩いていく。
たった4・5歩ぐらいの距離なのに、あたしにとっては50メートルぐらいに感じられた。
・・・そこから、何があったのかはよく覚えてない。
うっすらと覚えているのは、
“仁菜ぁっ!”
ひたすら妹の名を呼ぶお母さんの声。
“・・・くっ・・・”
声を殺して泣いていたお父さん。
・・・それと。
これだけは、はっきり覚えている。
“22時20分、死亡確認”
医師の、冷ややかな言葉―――。
あたしには、何が何だか分からなかった。
ただ1つ、分かっていたのは。
―――もう2度と、“桜井仁菜”は還ってこない。
そこで初めて、あたしは泣いた。