「軍師様…!!ど、どうなさいました!?」
 店長が奥から慌てて駆けて来たのを見て、ようやくシーナが顔を上げる。
 へぇ、アイツがドイツの名軍師ね。こんなにあっさり出てくるとは思ってなかったな。
 シーナは表面上に出すことなく、内心でごちる。
 顔は悪くないし、服の長い裾も足が同様に長いため見苦しくはない。それでもあの堅そうな顔だけで、シーナは勘弁なのだが。
「ここに重要な客人がいると報告を受けた。調べさせてもらう」
 先程とは逆に静まり返った店内を、ぐるりと見回していく。それを知りながら、シーナは気にすることなく外を眺める。誰を探しているのかは、分かっていた。
「見つけたぞ、シンセトリー殿下」
「わざわざどーも。来てくんなかった方が嬉しかったんだけど」
 掴まれた腕は、がっちりと拘束されていてびくともしない。その手の先は、ドイツの軍師、グウェンダルに続いている。軍人特有の大きくて力強い手だ。逃れるのは無理だろう。
 本名シーナ・シンセトリー。れっきとした現スペイン国王ビセンテ・シンセトリーの第二子であり、第二王位継承権を持つ王子だ。
 ビセンテは今、病に伏していた。国内の武力派閥代表でもある彼が逝去すれば、スペインが参戦を辞めかねない。
 現に、第一王子でありシーナの兄であるウォルシンガム・シンセトリーは怪しい動きを見せている。ウォルシンガムは優秀だ。兄弟という贔屓目抜きにしても、荒れた内政を纏め上げた手腕は認めざるを得ない。そんな彼は、反武力派閥なのだ。
 彼を危惧してのことか、ビセンテは国を放浪していたシーナを急遽呼び寄せ、ドイツへと送り込んだ。
 シーナはどちらかと言えば、戦争には無関心だ。平和でも争いはあるし、戦争中でも笑顔はある。国を巡るのが好きな彼だからこそ、見えている世界がある。何も見えない机上での談議は、大嫌いだった。