キミを信じる【完】

慌てて鞄から小さな鏡を取り出すと、思っていたよりは赤くない顔が映し出される。


よかったと、胸を撫で下ろしたのもつかの間。


ボタンが開けられて乱れたYシャツから、赤くなった印が見えた。


えっ!?


キスマーク、付けられてるっ!


なんでこんなとこに?


あ、でも首に付けられたら学校とかバイトとかで見えちゃうから、ここでよかったけど...、いや、そうじゃなくてっ。


頭の中がグルグルしてて整理がつかない。
「おはよう!」


「わっ!!!!」


急に声をかけられて心臓が飛び出るかと思った。


そんな心臓を押さえつつ、はだけた胸元のYシャツをつかむ。


目の前を通りかかって挨拶してくれたのは、ホールの仕事を教えてくれてる女性。


手にはドリンクバーに置くスティックの砂糖やミルクなどを持っていた。


きっと倉庫に備品を取りに行ってたところなんだろう。


「ごめん、そんなに驚かれるとは思ってなくて。」


「い、いえ!大丈夫です。おはようございます。」


「早く着替えてタイムカード押さないと遅刻になるわよー。」


明らかに不審なほどに焦りまくる私なんて気にしないで、備品を運んで行った。
きっと今日も人手が足りなくて忙しいんだろう。


やっと思考が落ち着いてきた私はYシャツのボタンを直して、ロッカーに向かった。


ファミレスの制服に着替えると、鏡に映る自分で身なりをチェック。


それと同時に気も引き締めて、タイムカードを押した。


ギリギリ遅刻は免れたけど、そんな安心もつかの間に終わって、忙しく走り回る仕事が始まった。
10時に仕事を終えて裏口から外に出ると、もう既にスンがいた。


「おつかれー。」


「えっ!いつから待ってたの?」


私はスンにバイトが終わる時間を言っていないのに...。


「ここにきたのはちょっと前から。キムがお疲れさまですって言ってたの聞いて、ファミレス出たんだ。」


「...っていうことは、ずっとファミレスに居たの!?」


私が驚いて聞いたその言葉に、スンはいたずらそうな笑みを浮かべてまあねと答えた。


ファミレスの中にスンがいたなんて、全然気がつかなかった。


ずっとバイトしてた姿を見られてたなんて、ちょっと恥ずかしい...。
「ほら、帰るぞ。」


スンはちょっとだけ赤面してる私に手を差し出してきた。


なんだか余計顔が赤くなったような気がするけど、そんなこと気にしないでスンの手を取った。


スンが私の手を引いて駅の方へ歩き出す。


「あ、今日はスンの家に泊まりたいの。」


逆にスンの手を引いてスンの足を止めた。


今月お金ピンチなのに今朝定期が切れてることに気づいた。


学校の最寄り駅から家の最寄り駅まではたったの1駅だけだけど、やっぱり毎日のことになるとばかにならないし。


スンの家は学校から近いから、学校に行くのに時間もお金もかからない。


「そうなの?んじゃこっちか。」
駅に向かっていたスンの足がスンの家にと向き直す。


「時間に余裕があるなら、今夜はゆっくり話でもしようか。」


バイトに行く前に起きた出来事について、私もスンにちゃんと話をしようと思ってた。


私の家族のことと、スンのことが好きだってこと。


そんな私の気持ちを察してか、スンが先に話をふってくれた。


「う、ん。私もスンに聞いてほしいことあるから。」


「そっか。そりゃ楽しみだ。」


...楽しみなことなんかじゃないよ。


だって既に私は緊張し始めてるんだもん。


家族のこと人に話すの初めてだし。


偽れる愛をくれるスンに本当の愛をちょうだいなんて言えるかな...。
帰り道はお互いあまり話さずに歩き続けた。


スンの家につく頃には外の冷たい空気が身体中にまとわりついてた。


温かいのはずっと繋がれていた手と火照っていた頬。


家のドアにスンが手をかけると、鍵を開けることなく開くドア。


スンが開けてくれたドアに私が入る。


スンも家に入ると内側から鍵をかけた。


今でもスンは鍵をかけない。


でも私が家の中にいるときだけは鍵をかける。


私のことは心配してくれるの。
スンが鍵をかけるのを横目で見て、学校の荷物を部屋の隅に置くと、スンの腕が後ろから私のお腹に回された。


こうやってふいに後ろから抱かれることにはもう慣れた。


だけど以前と違って心臓の鼓動は高まるばかり。


だめだ。


こんな幸せな気持ちに浸かってる場合じゃない。


「ストップ!」


スンの腕を振りほどいて後ろを振り返る。


思っていたよりもスンとの距離が近くて驚いたけど、そんなことはどうでもいい。


とりあえずこのうるさい心臓をさっさと落ち着かせて、ちゃんと話すんだって決めたことをスンに伝えないと。
自分の中で気持ちを整理した私は、抱きついた腕を振りほどかれて切なさそうな表情を浮かべるスンを真っ直ぐ見た。


「話を聞いてほしいの。」


そう。


で、まずは私の家族のこと。


えっと、どこから話せばいいのかな...。


「えっと...。」


「?」


しどろもどろな私を面白そうに見つめてるスン。


その視線に余計私の思考回路はグルグル回っていく。