車が停車したのと同時に、スンが私の座る助手席に移ってきた。
スンがシートの脇にあるレバーを引いたようで、私の寄りかかる背もたれが倒された。
両手で涙を拭う私の手をスンに引きはがされて、私の泣き顔がスンに見られる。
「泣かないでよ。」
困った顔を向けるスンから、私は泣き顔をそらした。
すぐにスンの手で顔をまっすぐに向け直されるんだけどね。
スンの手で涙を拭われても、どんどん溢れてくる涙。
いつものようにスンは唇を重ねてきた。
いつもより長く、深く。
そんなことされたら、余計に私の涙が止まらなくなっちゃうよ。
そう思ったのに、不思議と涙は引いてきた。
そして、私はスンの深いキスに溺れる。
「これ以上やったら俺ヤバいって。」
そう言ってスンは私の顔から少しだけ離れた。
「だからね、...。」
スンは再び顔を近づけて私の耳元でささやく。
「本当に俺はキムのこと好きなんだよ。」
「知ってるよ。」
ついにスンの好きだって言葉にも愛を感じなくなっちゃったかな...。
「キムは俺の言葉を信じてないでしょ。」
不意打ちに見抜かれた私の気持ち。
前にちょっと宣言したこともあるし、スンだっていくらなんでも気づくよね。
「うん。」
正直に答えてあげた。
「うん、知ってる。」
さっきの私の答えを真似してスンも答えた。
ちょっと切ないような表情で。
そんな顔させちゃってごめんね。
次の日から、クラスの女子は私の話をしていた。
「昨日の放課後、校門前でナンパされたんだってー?」
「お兄さん、すごくかっこいいんだってね!」
「年上の彼氏がいるんでしょー。」
「彼氏チャラいって聞いたよ。」
さすがは噂好きの女子高生。
昨日スンが車で迎えにきたことは、もう大半の人が知っていた。
その内容はおもしろいくらいバラバラだったけど。
そんなことなんて気にしないで私はいつも通りの生活を送った。
学校からスンの家に向かう。
「よぅ、久しぶりだな。」
聞き覚えのあるこえなのに、その言葉だけじゃ声をかけた人を誰だかわからなかったのは、私の知る話し方とは全然違ったから。
「お父さん...。」
白髪が増えてひげも整えてないその男性は、私の知るお父さんとはほど遠かったけど、まぎれもなくお父さんだった。
「お父さん仕事は?」
平日の今日。
普通だったらお父さんはこの時間仕事のはず。
「仕事はクビになっちゃってよ。おまえ、ちょっと金持ってないか?」
「え?」
真面目なお父さんがクビ?
確かにこの身なりは会社員としては納得出来ないけど...クビ、かぁ...。
「え?、じゃない。今時の高校生は遊ぶ金くらい持ってるだろ。」
「遊ぶお金っていうか、一応食費に使うお金は持ってるよ。」
あこおばさんが毎日の食費と買い物するお金をくれるから。
「ちょっと金貸して。仕事始めたら返す。」
辱めもなく娘にお金を貸してと言ったあげく、もうすでに手を出されていた。
仕方なく鞄から財布を取り出すと、すぐにお父さんに取り上げられてお金を抜き取られた。
「高校生にしちゃ持ち過ぎだろ。おまえバイトしてるのか?」
「ううん。あこおばさんが食費をくれるから。」
「働かなくても生活出来るなんてな。おまえバイトしろよ。」
そう言い放ってお札だけを抜かれた財布を投げ返された。
投げられるなんて思っていなかったから、受け取れずに地面に落ちる財布。
私が財布を拾って顔を上げたときには、もう既にお父さんは私に背中を向けて歩き始めてた。
全然お父さんって感じがしない。
こんながさつな人じゃなかったのに。
本当にうちの家族は壊れちゃったんだなー。
スンの家の近くで、いつも通りに私とスンの分の夕食を買うためにコンビニに寄る。
今日はなに食べようかなー。
おにぎりとサラダのコーナーを見て考えてると、あることに気づいた。
お札抜かれて、私の所持金いくら?
慌てて財布を覗くと、小銭入れに入った472円が見えた。
というか、472円しか見えなかった。
仕方ないからスンのお弁当だけ買って行くことにした。
コンビニから出るときに丁度フリーの求人冊子が目に入って、何気なく鞄に入れてみる。
スンの家の扉を開くと、やっぱり寝ていたスンは目をさました。
「おはよう。」
「んー...。」
まだ寝ぼけてるであろうスン。
私はコンビニの袋を小さなテーブルに乗せると、そのまま床に横になった。
せめて飲み物買ってくればよかったかな。
なにもすることもなくて、さっきコンビニでもらってきた求人を見てみる。
「眠いの?」
まだ眠そうなスンが私の顔を覗いて聞いてくる。