あげられた顔がどんどん熱くなっていく。
「なに言って…。」
「俺の顔をよく見ろ。何か感じるだろ?」
は?
俺の顔を見ろだって?…何ですか、自画自賛ですか。
まぁ確かに整った顔立ちですけども。
上田より断然若いし身長高いし…。
バチンッ
「え…痛い。」
「バカか、見とれろ何て言ってない。」
目の前にいる冨田さんの顔をガン見していると、顎を支えている手とは逆の手でおでこをたたかれた。
あれ…気のせいか、冨田さんの顔が少し赤くなっているような。
「…い、いい加減気付け田中。俺だ、お前の担任の冨田だ。」
「え?今なんと…。」
「だーかーら、俺はお前の担任の冨田雄輝だって言ってんの。」
お前の担任の冨田雄輝…。
お前の…担任!!?
「え、え、えーーーーー!!!!」
「うっわ!!うるせぇっ!!」
支えられていた顎は、私の大声によって先生の手から解放された。
新しい執事の冨田さんと担任の冨田先生が同一人物!!?
ど、どうゆうことなの!!?
「な、なななななんで!?…だって眼鏡かけてないしっ!!」
「ツッコム所そこかよ!!」
「だって…イメージが違いすぎて…気づかなくて…。」
いつも眼鏡をかけている先生で慣れているせいか、今の先生は別人のように見えてしまう。
なんだそのタキシードの完璧な着こなしは!!!
そしていつものボサボサ髪はどこいったんだ!!!
「おい、だから見すぎだって。」
「え?あ、あぁすいません…。」
私のおでこをもう一回叩いてから、先生はソファに座った。
「はぁ…まさかお前が田中財閥のお嬢様だったとはな。正直驚いたよ…。」
「…何言ってるんですか。私だって驚きですよ。上田の孫が先生だなんて…。」
私と先生はただの高校の先生と生徒の関係でしかないはずだったのに、まさかこんな展開になるなんて誰が予想したんだろうか…。
先生と生徒がまさかの執事とお嬢様の関係…。
ありえない、ありえなすぎる……。
誰か私に恵みの手を…。
「俺も驚きなんだよ、いきなり伝統ある執事一家とか言われてさ。」
「そう…なんですか。」
「で、お前いいのか?このまま俺が執事になって。」
いいのかって…お父さんが決めた事は絶対なのに、それを変えられる事なんてできるはずがない。
お父さんの言いつけは絶対で、破ってはいけない。
それが田中家の家訓なんだから…。
「俺もお前のお世話なんてまっぴらごめんだ。だから執事は別の人にするようにお前から言ってくれ。」
はい?
何か今すごいムカつく事言われた気がするぞ…。
お前のお世話なんて…?
「は…はははは…。」
「え?」
自分でも解るくらいの不適な笑みを浮かべながら、先生が座っているソファに近づいた。
「立ちなさい、冨田さん。」
「は?何言って…。」
「言葉使いも気をつけなさい。あなたは私の執事で、私はあなたのお嬢様なの。」
腕をくみながら先生を睨み付けると、先生はゆっくりとソファから腰を上げる。
そして、見下すように私をみた。
「それは私を執事として受け入れるという事ですね?」
「……えぇ。」
「知りませんよ?どうなっても…。」
「!!!?」
何?この威圧感…。
もしかして、何か企んでる…?
「覚悟してくださいね、お嬢様。」
い…嫌な予感しかしないんですけど…!!
ピピピピッピピピピッ…
「んー…。」
「お嬢様、起きて下さい。」
「んー…上田…後5分…。」
ガシッ
「誰が上田ですって?…お嬢様、今すぐ起きないと凄いことしますよ?」
「!!!」
眠たいながらも身体は危険を察知し、私は布団から飛び起きた。
「おはようございます、お嬢様。」
ーっっ、なんという勝ち誇った顔だ。
「…おはよう。」
昨日の今日ですっかり忘れてた…私の執事は上田じゃなくて先生になったんだ…。
「ではお嬢様、朝ご飯を。」
「うん…。」
本当は朝ご飯いつも食べないんだけどな…。
まぁそんな事先生に言えないんだけどさ。
「なんならアーンしてあげましょうか?」
「ーっ、するか!!」
この執事は危険だ。
いつ何をしてくるか解ったこっちゃない。
昨日のあの余裕そうな表情といい、あのセリフ…。
『覚悟してくださいね、お嬢様。』
一体このセリフの裏には何が隠されているというんだ…。
気になる…でも怖くて聞けはしないんだよなー。
うー…どうしたらいいんだ私は!!
「お嬢様、その動きはどうかと思いますが…。」
「なっ!!!!!」
頭を抱えて左右に首を振る私を見て、先生は目を細めながらどん引きしている顔をした。
「ちょっと…その顔はさすがに傷つくから。」
「あ、申し訳ありません。ちょっと見るに見かねまして…。」
この野郎…なんていう失礼なセリフを…。
もしかして、覚悟というのは先生のいじわるな態度に耐えろとい事なんだろうか。
もし、それが本当だとしたら、そんなの私にとっては楽勝だ。
そんな事に負けるような弱い自分じゃないのは、私が一番よく解ってるんだから。
「お嬢様、今日の夜は予定をあけておいて頂けますか?」
「…なんで?」
席についてオレンジジュースを飲むと、口の中が一気に甘くなる。
そして、フォークを持ってパンケーキをさした瞬間、先生の言葉が私の耳と胸に突き刺さった。
ガシャンッ!!
「お嬢様!?どうしましたか…?」
「な…んで。」
「え?」
先生は私が落としてしまったフォークとパンケーキを拾いながら、不思議そうに私の顔を覗きこんでくる。
「それは…誰かがOKを出したの…?」
「え…私ですが…。」
「なんで勝手にOKだしたのよ!!上田なら……」
「…?お嬢様…?」
駄目だ、先生にこんな事言っても仕方がない。
昨日初めて執事になった人にそこまで求めてはいけないんだし、これから一つ一つ乗り越えていかなきゃ。
産まれてからずっと一緒にいた上田とは全て違って、比べてはいけない。
他人と比べられる事ほど悲しい事はないのも知ってるしね…。
「ごめんなさい…ちょっと驚いちゃって…。」
「もしかして、何かご都合でも…。」
「大丈夫、何もない…でも、これからはOKを出す前に聞いて下さいね。」
「はい、かしこまりました。」
さっきの勢いとは違い、今の私はとても冷静に話している。
その姿が先生にとっては少し気にかかったようで、顔が強張っていた。
「じゃぁ行ってきます。」
用意してもらったご飯を一口だけ食べてから、私は足早に部屋を出て玄関に向かう。
そして、その後ろを歩いてきた先生は、私に鞄を差しだしながらこちらを見た。
「行ってらっしゃいませ。」
私に笑顔でお見送りをする先生が少しだけ輝いて見えて、不思議な感じだ。
上田のお見送りとは違う安心感があって、何だかドキドキする自分にも不思議だけどね…。
「冨田さん、明日から朝ご飯は用意しなくていいです。」
「え?」
「私、朝はどうしても苦手なの。だからお願いしますね。」
「…はい、かしこまりました。」
それから、先生に軽く会釈をしてから私は家を出た。