「あの日…?」
私がこのドレスを着たのは、たしか…。
「お嬢様が私に初めて涙を見せた日です。」
あぁそうだ。
父さんと食事に行った時に着たんだ。
先生が私の為に選んでくれて…。
じゃあ二つって言うのは、このドレスと…ヘアピンのこと?
「おわかりになられた御様子ですね。」
あの日から、先生はずっと待っててくれたんだ…。
私がこのドレスに袖を通す日を。
「…先生。」
涙が溢れてしまいそう。
嬉しくて、でも少し辛くて。
胸が痛いよ…。
「これからは、ずっと見ていられますね。」
私に寄り添うように座った先生は、とても優しく私に微笑んだ。
「う……っん」
返事をするのがやっとだった。
涙が溢れて止まらなくて、ただ泣き続けた。
私いつから泣き虫になったんだろ…?
「もう居なくならないで下さいね。」
そっと涙を拭い抱き締めてくれた先生の肩は、少し震えている気がした。
「あなたの隣は私のものですからね、お嬢様。」
「っっ!!!!」
耳元で囁かれた甘い言葉。
それは私の体温をむちゃくちゃにしてしまう。
恥ずかしすぎる…!!
それから先生は逢えなかった間の気持ちを伝えるように、私に沢山の言葉をくれた。
何回も好きと言ってくれたり、とにかく嬉しい言葉ばかりをくれた。
だから、今度は私の番だよね。
先生に素直に気持ちを伝えるよ。
「先生…お願いがあるんです。」
精一杯の気持ちを…。
「どうした?」
執事から先生に変わった事を示す話し方。
私が一番先生を近くに感じる瞬間なんだ。
「…麻椿?」
相変わらず先生の笑顔は優しい。
その笑顔がたまらなく好き。
「私と…新しい生活、過ごしてもらえますか?」
一番伝えたかった事。
それはこれからも傍にいてほしい、ただそれだけ。
「ふはっ、何それ逆プロポーズ?」
「………そうなります。」
真っ赤になった顔が恥ずかしい。
たったこれだけの言葉がこんなにもドキドキするなんて…。
「麻椿、こっち向いて?」
「え……。」
先生が抱き締めていた手を離し、私を見る。
私も同じように先生を見る。
目があって、不思議な感じ。
そのまま先生は顔を近づけ、私にキスをした。
暖かい唇が重なりどんどん身体が火照っていく。
唇を離した先生は私の耳元に顔を寄せ、囁いた。
「結婚しよっか…麻椿。」
「……それって。」
「プロポーズは俺からしようと思ってたんだよ。先を越されたけどな…。」
人生初めてのプロポーズ。
当たり前の事なんだけど、その初めてがたまらなく嬉しかった。
結婚しよっかという言葉に秘められた深い愛が私を包んでくれるようで…。
何だかフワフワするね、先生。
「私なんかで…いいんですか?」
「当たり前だろ、何のために長い間待ったと思ってるんだ。」
そう言って、先生は目を細めた。
好き。
大好き。
もう二度と離れたくない。
ずっと一緒に居られるなら、私はどこへでもついて行くよ…。
「これから…宜しくお願いします。」
改まった口調が自分でも笑える。
プロポーズするのも勇気がいるけど、返事をするのだって凄い勇気がいるね。
「あぁ、大切にする…。」
強く抱き締めてくれるこの手は、私だけのもの…。
「大好き、先生…」
「俺も…大好きだよ。」
暖かい温もりを交換しながら、いつのまにか私達はそのまま眠りについていた。
――――――――………
「ん……」
横で寝息をたてる俺の婚約者。
しいていうなら、昨日婚約者になったばかりだが。
別れを告げられた日、次に逢った時にプロポーズしようと思っていたのに、まさかの逆プロポーズ。
あれには相当驚いた。
俺からするはずが!!って内心かなり焦ったしな。
でも、ちゃんと言うことができた。
結婚しようって…。
もう離したくないから、隣に居てくれるようにずっと結婚を考えていた。
俺、いつのまにこんなに麻椿を好きになっていたんだろうか…。
不思議だな。
長い間一緒にいたわけじゃないのに、気持ちだけは大きくなってしまう。
自分が自分じゃなくなるようで、逆に怖いくらいだ。
「せんせ……?」
うっすら開けた目でこっちを見る麻椿。
今にも抱き締めたくなるほど愛おしい。
「起きた?おはよう。」
「ふふっ…新婚みたいだね。おはよう先生。」
あぁそうだな。
これからもっともっと新しい事が増えていくだろう。
恋人とは違う、夫婦としての新しい事が…。
「楽しみだな、これから…」
頭を撫でながら微笑む。
すると、そうだねって言いながら麻椿はまた眠ってしまった。
安心しているようで、その顔は少し微笑んでいた。