やっと逢えると思って来たのに、逢いたい人はここにいない。
学校のどこを探しても。
名簿にだって名前は無いんだ。
明るく輝くはずの景色が色あせていく。
ただ時間がぼんやりと過ぎていく。
俺、今日ちゃんと仕事できてたかな。
生徒に変に思われてないか?
頭の中ではそう思うのに、身体はゆうことをきかなかった。
「なぁ先生。」
「…上谷。」
放課後の教室で外を眺めていると、入り口に仁王立ちでこちらを見つめる上谷の姿があった。
そして、ズカズカとこちらに近づいてきて俺の胸ぐらを掴んだ。
「っ何してんだ…」
「それはこっちのセリフだよ。」
胸ぐらを掴む上谷の目は普段では考えられないするどさだった。
「何こんなとこで落ち込んでんだよ、今すぐにでも会長のとこ行って話し聞いてこいよっっ!!!!」
「…上谷」
「先生、会長が何考えてこの答え出したか知りたくねぇの?」
それは知りたい。
知りたいけど、もしもっと残酷なものを知ることになったら…。
「…人はフラレルと強くなるってあれ、嘘だよ。」
「え?」
「好きな人にフラレル事位、自分が弱く感じるものなんてねぇよ。
どうして俺じゃないんだとか相当傷つくし、泣きたくだってなる。」
胸ぐらを掴んでいた手が少しずつ降りていき、上谷のズボンの中に入っていった。
「先生はまだ失恋の一歩手前だろ!!怖がらずにさっさと行けよ!!」
こいつは、本当にバ上谷だ。
自分の事より相手の事でお節介、まぁそこがいいとこでもある。
「教師に暴力行為か…謹慎だな。」
「えぇっっ!!!!?」
そして、何ともいじりがいがある。
「冗談だ。
…ありがとな、バ上谷。」
そう言って頭を二三回叩くと、上谷は少し照れた顔をした。
「バ上谷は余計だろ!!」
そう言った笑顔はとても眩しくて、今日の夕陽によくあっていた。
「会長の事守ってやれよ!!」
「わかってるよ。」
最初からそのつもりだったんだ。
今さら変えるつもりはない。
麻椿の行動に少し困惑したが、上谷のおかげで目が覚めた。
もう迷わない。
きちんと麻椿を守ってやる、支えてやる。
「じゃぁな上谷、部活いけよー。」
「へーい。」
何とも気の抜けた返事が、さっきまでのあいつとは思えないな。
「冨田先生!!」
「んあ?」
お互い歩き出した廊下の先から、上谷が俺を呼び止める。
「また明日!!さよならっ!!」
今日の夕陽はとても眩しくて、でも少しぼやけても見えていた。
「お嬢様、そろそろ出発のお時間ですが…。」
「えぇ、ありがと。」
今日のために用意したコートを羽織り席を立つ。
「ごめんね上田。退職したあなたに無理言って…」
「いえ、私もこの数日楽しい時間でしたよ。」
先生がいない数日、どうしても他の執事を頼むのは嫌だった。
何か新しい人にお世話されるって事が我慢できなくて。
でも、そんな我が儘も今日で終わり。
明日からはアメリカで、一から人間関係を作っていかなきゃならない。
学校も、家でも。
「では行きましょうか。」
「ええ…」
上田が運転する車で、私達は父さんと合流する空港へと向かった。
乗り込んだ車の窓ガラスには綺麗な夜の街が反射している。
そして、その景色を覗き込むように窓ガラスに顔を近づけると、キラッと何かが光った。
「あ……これか…」
先生にあの日貰ったヘアピンが夜の街の光を浴びてキラキラと輝いていたのだ。
部屋で見るのも綺麗だけど、こうするともっと綺麗だね…。
「せ…んせ…」
あの日から毎日つけていたヘアピン。
もうはずさなきゃと思いながら、今日までつけつづけていた。
はずせなかった。
先生との繋がりが無くなる気がして。
はずしたくなかった。
まだ、先生と繋がっていたくて…。
「逢いたいよ…せんせ…」
本当は離れたくない。
ずっとずっと先生と居たいよ。
「ふっ……うぅ…」
今もこんなに先生に逢いたい。
自分で選んだ道だけど、揺らぎそうになる。
先生、私頑張るね。
強い自分になったら帰ってくる。
きちんと周りの人を支えられるように、成長してくるね。
「麻椿!!」
「…父さん、母さんまで…。」
空港に着き、目的のルートへと歩いていると両親が私の方へときた。
二人揃うなんて珍しいな。
「麻椿、急にアメリカに行くなんて驚いたわよ。本当に大丈夫?」
「うん。」
「麻椿は俺達の娘だぞ?大丈夫に決まってる。」
「え……」
少し心配性の母さんと、自信に満ち溢れた父さん。
いつ見てもこの組合わせは良くできているものだ。
「身体に気をつけてね。いつでも連絡ちょうだいよ。」
「何かあったら直ぐ駆けつけるからな。」
そんな二人の唯一の共通点は、愛に溢れてる所かな…。
一緒に居る時間は少ないけど、いつも私を気にかけてくれている。
多くを求められて辛い時はあるけど、その分やりたいことは全てやらせてくれた。
大きな愛で私を育ててくれたんだよね。
「ありがとう、二人とも。私は大丈夫だから気にしないで。」
そんな二人が私は大好きだよ。
だから、そんなあなた達を守れる位強くなって帰ってくるからね。
「父さん、母さん、行ってきます。」
「…えぇ、行ってらっしゃい。」
「行っておいで。」
二人とお別れのハグをして、私は再び歩き出した。