『じゃあな』



そう言って違う道へと進み出した上谷の笑顔はとても眩しいものだった。



作っていない、本物の笑顔。



本物の、上谷が涙を我慢してる時の笑顔…。



ねぇ上谷、お互いの事を知りすぎてて隠し事するのも大変だね。



表情一つで相手の心が解っちゃうんだもん。



それにね、上谷の気持ちもどこか気づいてたんだと思う。



だって、上谷解りやすいから…。



普段は会長って呼ぶのに、気持ちが高ぶると麻椿って呼びすてだったし。


ちょいちょい顔真っ赤にして照れてるし。




沢山気づくチャンスはあったんだ…。









だからこそ、さっきの告白は私の心にとっては大きな追い討ちだった。



涙が流れて止まらないほどに。




どうして私が選んだのは先生なんだろうとも思った。



でも、考えても考えても答えはでなくて。



今も解らない。



「はぁ……」




それからしばらくの間、私は上谷が歩いて行った方向に見える夕陽をただ眺めていた。









ブー…ブー…ブー


「ふあぁ……」




携帯のバイブ音で目を覚ますと、そこには親父と表示されるディスプレイがあった。




「はい…」



『あぁ、雄輝か?おはよう。』



俺の携帯なんだから俺に決まってんだろ…。



「…何か用ですか?」



『今日なんだが、朝一で理事長室にきてくれ。』



「…わかりました。」




…理事長室か、あんまりいい思いした事ないんだよな、あそこ。



「はぁ…」



電話を切った携帯をベッドに置き、布団を出る。

そして久しぶりにスーツと眼鏡を手にとった。



熱を出してから完治するまで外出を禁止された俺は、今日やっと3日ぶりの登校をする。



クラスは、授業は、と色々気になることがあったのに中々治らなくてイライラした。




まぁ、今あいつは何をしてるのかが一番気になってんだけど……。








久しぶりに登校する学校は相変わらず賑やかだった。





「先生おはよー」




「先生風邪なおったぁ?」




「あぁ、もう大丈夫。ありがとな。」






俺の顔を見ると、沢山の生徒が声をかけてきた。




「「おはよーございまーす。」」






…あれ?






生徒会のメンバーに麻椿がいない気がすんだけど…。






珍しいな、遅刻か?












コンコンッ




「失礼します。」





「おー、そこに座ってくれ。」






朝の連絡通り理事長室に足を踏み入れると、ミルクティーの匂いが鼻をかすめた。






どこか懐かしくていい匂いだ。






「今日は色々報告があってな。それで来てもらった。」






「あぁ…」






目の前に出されたティーカップに手をかけて少しだけミルクティーを口に含む。





「実はな……」









カシャンッ



「…は?何言って…」







勢いよく置かれたティーカップからは、ミルクティーが無惨にこぼれていた。







「落ち着け雄輝、これには訳が…」






「っっ意味わかんねぇ。」







『田中さんが、学校を辞めたんだ。』







そんな真実つきつけられて、誰が落ち着いてられる?




「だから、執事の仕事ももう終わりだそうだ。」




「……んで急に。」






「何でもアメリカには違う執事を連れてくとかでな。雄輝の教師としての事も考えてくれたんじゃないか?」






「……アメリカ?」






麻椿がアメリカに行くのか?






そうだよな、だから学校を辞めたんだとしたら辻褄があうもんな。






「聞いてなかったのか?」






違う。





聞いてなかったんじゃない、聞かされなかったんだ。






麻椿が周りに黙っといてくれとでも言ったんだろう。







だとしたら、こんな中途半端に聞いてしまうより最後までしりたくなかった。







こんな、残酷で悲しい真実。













やっと逢えると思って来たのに、逢いたい人はここにいない。




学校のどこを探しても。




名簿にだって名前は無いんだ。





明るく輝くはずの景色が色あせていく。






ただ時間がぼんやりと過ぎていく。







俺、今日ちゃんと仕事できてたかな。






生徒に変に思われてないか?






頭の中ではそう思うのに、身体はゆうことをきかなかった。














「なぁ先生。」





「…上谷。」





放課後の教室で外を眺めていると、入り口に仁王立ちでこちらを見つめる上谷の姿があった。






そして、ズカズカとこちらに近づいてきて俺の胸ぐらを掴んだ。







「っ何してんだ…」






「それはこっちのセリフだよ。」






胸ぐらを掴む上谷の目は普段では考えられないするどさだった。







「何こんなとこで落ち込んでんだよ、今すぐにでも会長のとこ行って話し聞いてこいよっっ!!!!」





「…上谷」






「先生、会長が何考えてこの答え出したか知りたくねぇの?」







それは知りたい。




知りたいけど、もしもっと残酷なものを知ることになったら…。







「…人はフラレルと強くなるってあれ、嘘だよ。」







「え?」







「好きな人にフラレル事位、自分が弱く感じるものなんてねぇよ。


どうして俺じゃないんだとか相当傷つくし、泣きたくだってなる。」















胸ぐらを掴んでいた手が少しずつ降りていき、上谷のズボンの中に入っていった。





「先生はまだ失恋の一歩手前だろ!!怖がらずにさっさと行けよ!!」






こいつは、本当にバ上谷だ。





自分の事より相手の事でお節介、まぁそこがいいとこでもある。







「教師に暴力行為か…謹慎だな。」






「えぇっっ!!!!?」








そして、何ともいじりがいがある。







「冗談だ。



…ありがとな、バ上谷。」








そう言って頭を二三回叩くと、上谷は少し照れた顔をした。






「バ上谷は余計だろ!!」







そう言った笑顔はとても眩しくて、今日の夕陽によくあっていた。